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50 「戒壇めぐり」から思うこと9

 〈承前〉「法悦」とは仏の教えを聞き、信ずることによって心に湧く、しみじみとした喜びをいう。

 善光寺参詣の願いを一言で示すならば(遠路をいとわず、労苦をいとわず、こうしてひと足ひと足歩いてきたことのわけは)、この法悦境に浸りたい、そこに身を置きたい、心を尽くして捧げたい、仏の膝下に跪きたい、ということであろうか。いや、それが全てだと言ってもいい。


 大地に拝跪して

 中京・関西方面からの善光寺参詣者たちは、中山道の木曽路から洗馬宿で郷原・松本方面に道を取り、刈谷原・立峠を越えて麻績宿に至り、猿ケ馬場峠に向かう。ここが最後の峠だという。そこに立つとき、思わず来し方行く末に小手をかざす。いままでの労苦を思って、特別の感慨が湧く。


 眼下に広がるのが善光寺平。その果ての山裾、靄(もや)が立ち込める辺りが善光寺様だと教えられる。そんなとき善男善女たちは、思わず知らず倒れ込むようにして、善光寺に向かって拝跪したのだという。肩を震わして嗚咽したというのである。念願かなう日が、もうそこまでやってきたのだ。


 猿ケ馬場峠から少し下った所に、「念仏石」と呼ばれる大石が横たわっている。石の前で念仏を唱えていると、石の中からチーンチーンという鉦の音が聞こえてくるのだという。誰もが掌を合わせニコニコしながら、石に耳を当て、「あっ、本当だ、聞こえる聞こえる」と石をなでながら通り過ぎてゆくのである。


 亡者を弔う

 信越国境の大峯峠(名にし負う豪雪地帯)で、常法寺の和尚が汗を拭っていた。すると、あっちからこっちから、曝髑髏(しゃれこうべ)たちが這いずるようにやってきて、和尚の衣に取り縋って泣いた。「ワシらは行き斃れたままで、いまもって成仏できないでいる。和尚さまァ、お経の一つもあげてはもらえまいか。安心してあの世へ行きたいんです」と訴えた。


 和尚は峠に地蔵菩薩像を建てることを発願し、近郷近在に呼び掛けて浄財を集めた。早速、名だたる石工に頼んで、等身大の立派な地蔵様が出来上がった。秋天好日、村人たちも総出で開眼供養が行われた。


 爽やかな読経の声が草むらを這うようにして響いた。鉦を鳴らし念仏唱和の声がいつまでも続いた。峠越えの牛馬たちまでが和して鳴いたという。「地蔵様が笑っている」と村人たちがあちこちでささやいたのだそうだ。


 法悦の極まるとき

 「闇から闇へ」。私たちはいま、お戒壇めぐりの真っただ中にいる。漆黒の中を板壁に触れながら半足ずつ歩いている。過去、何億もの人たちがこうして歩いたことだろう。板壁の年輪の凹凸が指先に伝わってくる。


 錠前に触れることがかなえられると思うだけで足が震える。声ならぬ声が聞こえてきた。呻くようなすすり泣くような、絞り出すような声で「南無阿弥陀仏」を唱えている。


 遂にその時が来た。私は跪いて錠前を両手でいただき、額に頬に唇に当てた。「おばばぁ、来たよう。阿弥陀様にお会いできたよ」と泣きながら叫ぶようにして呼んだ。錠前は両の手に余るものだったが、私は身も心も全てを投げ出して、大きな懐の中に抱かれている。このまま体が溶けていくような気がした。私はこの日のために、はるばるやってきたのだ、もう何も思い残すことはない、と思った。


 中には「阿弥陀様ァ、助けてください」と訴えている人もあれば、何事かを哀願している人もいた。闇の中はごった返してはいるが、法悦の坩堝(るつぼ)のなかで、隣が誰なのか全く分からぬままに、誰もが等しくどこか整然としていた。満ち足りた思いが、息遣いや足取りのなかから伝わってくる。


 何とかして出口を見いだしたい。自分の力で立ち上がりたい。自分の力で歩きたい。そんな声ならぬ声も聞こえてくる。

(2012年5月26日号掲載)

 
美しい晩年