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005 パリ モネ 〜印象派の"産声"と睡蓮

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 1874年にパリの一角の写真館で小さな展覧会が開かれた。そこに立ち寄った画家と批評家の会話を、地元の新聞が作り話として冷ややかに取り上げた。


 そのターゲットになった作品の名は「印象・日の出」=写真上。もともとは「日の出」というタイトルだったが、作者のクロード・モネはそこに「印象」という言葉を付け加えた。パリの北方・ノルマンディー地方の港町ル・アーブルでの早朝の風景を描いた小型の油彩画だ。当時、港町はとても繁栄していたことが、絵の左側にうっすらと見える大型船や蒸気船、そして煙突から出ている煙からも見てとれる。


 "印象派"の名前が付けられるきっかけとなったこの名画は、パリの西郊外の住宅地にあるマルモッタン美術館にある。この美術館自体も珠玉の作品だ。初めて見た時にはなかった物が、再訪した時には取り付けられていた。金属製の柵で、その間に作品が盗難に遭っていたのだ。モナリザやゴッホの代表作と同様の目に遭っていた。


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 モネが後年好んだ題材は睡蓮だ。太鼓橋をはじめ大規模な日本式庭園まで造ったジヴェルニーの邸宅。白内障で失明同然になるまでこだわったのが、睡蓮であるのは周知のとおり。色とりどりの睡蓮を育て、日がなイーゼルを立てて描いた。


 その究極が、近年化粧直ししてよみがえったオランジュリー美術館にある連作だ=同下。もともとオレンジの温室があったところから、美術館の名がある。


 この美術館の目玉は、22枚のパネルで構成される8点。「水のエチュード」のタイトルで"雲""朝の柳""落日""緑の反映"などと名付けられている。横8の字の形の2部屋続きで、全長91メートルの壁画となって睡蓮が展示されている。リニューアル前と後の両方訪れたのだが、自然光を利用した今の方がやはり一層の輝きを見せている。


 かつて私は絵の前のソファに座って1時間黙して見ていたことがある。長旅の疲れもあって、ただボーっと眺めていたのだが、その時の感覚は忘れがたい。以前よく通った禅寺で味わった無我の境地に近いものだった。腰を上げた時に、旅の疲れも忘れるほどのくつろぎと癒やしを覚え、絵の力の大きさを強く感じたものだった。


 モネは手術による目の回復もあって渾身の力を込めて絵筆を執った。この睡蓮の大壁画は、死去するまでモネのアトリエにあったが、その後国に寄付された。公開されたのは死後半年たった1929年。私のように水に漂うような安らぎを感じられればモネも本望かもしれない。


 2度目の訪問で、いつものようにソファに座って見ていると、ベレー帽をかぶった日本人の若い娘たちが入ってきた。作品にちらりと目をやると5秒ほどで退室してしまった。

 
ヨーロッパ美の旅