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06 〜大盛況の産業文化博覧会

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 倉島市政8年間のうち、最大の行事は1961(昭和36)年4月1日から5月21日まで、51日間にわたって行われた長野産業文化博覧会だといわれています。その規模と内容はおおよそ次のようなものでした。


 ◇狙い

 わが国の目覚ましい発展の基盤となった産業文化の所産を一堂に集め、広く一般に公開し、その向上発展を図る

 ◇主催者

 長野県・長野市・長野商工会議所

 ◇経費

 約1億5000万円

 ◇場所

 城山公園一帯

 ◇会場

 児童館・風俗館・仏教館・郷土館・電波と電気通信館・交通館・郵政館・南極館・宇宙館・プラネタリウム館・全国の観光と物産館(1号〜3号)・長野県の観光と物産館・農林水産館・専売館・原子力館・生活文化館・アメリカ館・工業館・国鉄館


 4月1日の開幕当日、御開帳と皇太子夫妻の博覧会見学が重なった善光寺・城山公園一帯は、10万人近い人出で混雑しました。この日は県外宿泊客25団体約4000人が参拝、県内各地からは貸し切りバス約20台が繰り込み、空には遊覧飛行機が飛び交い、その上、見学を終え城山小学校のプールサイド観覧席に立たれた皇太子夫妻をひと目見ようと校庭は黒山のような人だかりとなりました。


 全体を通じて、見応えがあったのは、第3会場の「全国の観光と物産館」でした。北海道から九州までの全国40都道府県から出品された郷土色豊かな物品の数々は、目を見張るものばかりでした。


 やがて5月21日、会期の終わりの日を迎え、博覧会の実入場者数は73万3563人となり、前回と比べ記録は更新されました。


 長野産業文化博覧会の成果の第1は、この博覧会の実施によって長野県の産業文化は外から内から大きな刺激を受け、その発展に資すること大であった点であります。成果の第2は、この博覧会の実施に付随して長野-上野間の鉄道ディーゼル化など、交通事情が改善されたことであります。


 さらに物的遺産として後世に残されたものとしては、城山の児童遊園地、城山公園水銀灯、駅前歓迎塔などがありました。

 (2012年6月2日号)


写真:長野産業文化博を見学する皇太子夫妻(当時)