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35 象山の偽書 〜贋作回避の方法は一つ

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 「佐久間象山 逸話の地巡り」が昨年5月に松代町で開かれた。この時、本欄「象山余聞」の(9)「うめ女と落款」で取り上げた偽物作りの名人「こまとら象山」の正体が、ガイド役を務めた県文化財保護指導委員で小学校教諭の丸山日出夫さん(57)によって解き明かされた。


 逸話の地巡りはNPO法人「夢空間松代のまちと心を育てる会」が企画。「今にも象山がひょっこり姿を現すのではないか」と思わせる説明を聞きながら、参加者はゆかりの街を探訪した=写真。


 一行は象山神社内の高義邸や象山生誕の地...など11カ所を巡ったが、西木町まで来ると丸山さんは贋作作りの2人を「不埒者だ」と指摘した。


 その一人は小布施町出身の表具師、窪田善造(石切町)。聚遠楼に近かったため、足繁く象山宅を訪れていた。彼は象山の偽書を書かかせたら真に迫るものがあり、象山もだませると考えた。


 ある日、「これは先年、先生にご揮毫願った書。惜しいことに落款がございません。ご多忙で押印を失念したものでしょう」と言って見せ、象山はうかつにも落款を押してしまったという。


 贋作作りの中でも「駒寅」は秀逸だった。彼の名は中村寅吉といい、西木町で古道具屋を営む駒屋常吉のせがれ。その駒寅は子どものころから書画を描いており、特に模倣にかけては素晴らしい才能を発揮した。


 象山、蘭学者・画家の渡辺崋山、葛飾北斎、谷文晁、児玉果亭...など、何でもござれ。中でも、象山の偽書は天下一品。いつの間にか、「こまとら象山」とまで言われるほどになった。


 駒寅は多くの紛い物、つまり贋作を作り過ぎたので、文書偽造の罪に問われついに御用に。出獄後は贋作作りの筆を断ち、松代には住みにくくなったのか、問御所町に移転。1922(大正11)年の夏にそこで病没したという。


 象山の贋作をつかませられるのを回避する方法はただ一つ。それは象山作といわれる品を「買わないことだ」と丸山さん。


(2012年1月14日掲載)