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38 鍛冶職人宅の漢詩 〜書で払うゆえ許せ?

 終日馳駆城北原

 秋風嫋々吹垂●

 外観応有画図趣

 駐馬夕陽黄葉村


 坐上客常満此内春酒

 永如泉


●=革建


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 冒頭の漢詩=写真右=と次の12文字の1行詩らしき書=同左=は、いずれも象山の作で、小川村小根山の元JA職員・増田幸成さん(70)宅で所蔵されていた。

 昨年暮れの長野漢詩会の勉強会で、講師の宮崎真さんに解読してもらった。


 (起)しゅうじつ ちく じょうほくのはら

 (承)しゅうふう じょうじょうとして すいけんをふく 

 (転)がいかん まさに がとのおもむきあるべし

 (結)うまをとどめ せきよう こうようのむら


 漢詩は七言絶句で、上平声十三元韻。承句の「革建」は「弓矢を入れる器」で、馬の腹にぶら提げているのに、秋風が柔かに吹くの意。


 12文字の詩は「ざじょう(の) かく つねにみち このうち しゅんしゅ ながくいずみのごとし」と読み、漢詩の一部ではないか-との見解だ。


 増田さんによると、掛け軸の裏側には象山の門弟か、篠原雪山が「安政六(1859)年秋十月」と記述、鑑定している。象山37歳のころの作だ。土蔵内の何枚もの書に交じって放置してあるのを一昨年発見、表装した。


 当時、小川村には何軒もの鍛冶職人がいて、馬蹄を作ったり、鍬鋤を打っており、増田家も幸成さんの父親までは鍛冶職人で、西山地方で初めて動力を導入した先駆者だった。


 そんなうわさを聞いてか、象山が訪ねて来て鍬を注文した。後日、取りに来た象山が「あいにく手許が不如意。書で支払うゆえ許せ」などと言って書いたとみられるという。


 漢詩の方は、増田家から諏訪市に嫁いだ河西美のるさん(2009年に98歳で他界)が、父親が没した際に形見分けしてもらい、今は長男の河西国武さんが保存している。

(2012年2月25日)