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40 大名墓石 〜象山縁の藩医に婿入り

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 安茂里小市の元会社社長・塚田興造さん(73)は、今年から松代町にある親類知己を回ろうと考えている。先祖に佐久間象山と縁のある御殿医に婿入りした人物がいたのに、現役時代は多忙で果たせなかった先祖の事績を調べるためだ。


 塚田家の菩提寺、小市の「称名寺」墓地には、「大名墓石」といわれる笠付きの石塔が立つ。同家から松代藩の城医に婿入りした鄰能の墓石だ=写真。


 高さは、土台から先端の笠まで150センチ。幅は30センチ。天保時代の建立で、正面には徳利、下には杯がそれぞれ刻まれており、分骨して祀ってある。「鄰能は酒好きで、酒豪だったらしい」(興造さん)。


 塚田家にある「佐久間修理」と「北山鄰能」に関するメモには、「象山は藩医、北山安世及北山藤三郎(象山の姉の子ども)等之叔父也...」「鄰能は塚田五右衛門の二男...」との記述がある。つまり象山の姉、お恵は鄰能の義母に当たり、姻戚関係にあった。


 鄰能の石塔は昨年春の彼岸時に、「地震で倒壊しないよう」石材店が笠と土台の2カ所に5〜6センチの穴を開け、そこに長さ約30センチの鉄柱を入れて固める補強工事をしている。


 大名墓石の石材は七二会陣場平の裏にある山の石とみられ、職人がのみ1丁で削ったものとみられる。現在は産出していない。


 塚田家は戦国時代の武将・村上義清の鉄砲方を務めたといわれる豪族。昔は自宅から他人の土地を踏まずに更埴市(現千曲市)まで田畑が続いていたともいわれる。


 興造さんは(株)塚田白土産業(休業中)とゴルフ場会社の社長だったが引退し、今は農業に汗を流している。その傍ら、土蔵にある何竿もの長持ち内に眠る膨大な古文書類、象山の書を含む掛け軸...など、資料の調査、整理に都内の大学や羊羹メーカー

「虎屋」資料館の学芸員を動員して調査を進めている。


 今後、塚田家からどんな貴重な資料が出てくるか、興味は尽きない。

(2012年3月24日掲載)