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01 消えた"お宝"

 真田藩士で幕末の先覚者、佐久間象山が誕生して来年(2011年)は200年。この機会に、地元などに伝わる「象山余話」を拾い集めてみた。


 市立中条公民館は、今年4月1日付で東京・新宿区在住の大日方幸高さん(70)=旧中条村矢原出身=あてに1通の公文書を送った。


 江戸時代末期に虫倉山麓でオオカミを退治したといわれる「ひの」は幸高さんの曾祖母で、佐久間象山が"ラブレター"を送っていた。「その古文書類を借用したい」との要請文だ。

幸高さんからは公民館に一も二もなく「OK」の電話がかかった。


 この計画が持ち上がる前に中条公民館は、同家が古文書類をビデオテープに記録し、保存していることを確認していた。


 その内容は▽画家の丸山晩霞が、「ひの」がオオカミを退治する時の様子を描いた水彩画=写真=と俳句▽県歌「信濃の国」の歌詞を作った浅井洌が、「ひの」について書いた長文の顕彰文▽「ひの」77歳の手形と象山の恋文▽象山が医学研究の際に写した56枚、2万2400余字の書き付け▽松代藩主・真田幸貫が「ひの」に贈った感謝状▽オオカミの歯...など。


 それらは大日方家にとって門外不出の家宝で、所蔵場所は千曲市の実妹(67)宅だった。


 古文書によると、大日方じゅん(ひの・当時17歳)は弘化2(1845)年5月19日朝、草刈り時にオオカミが胸に食らいついたが、狼狽せず両耳をつかんで倒し、その背中にまたがって助けを呼び、従姉妹の志満と2人で仕留めた。


 この勇敢な話が象山の耳にも入り、負傷したじゅんを松代で養生させた。さらに象山はこの烈婦を放ってはおかなかった。「嫁にもらいたい」と藩主に願い出たが、「跡取りだからまかりならん」と断念させられたという。


 4月中旬、公民館側はワクワクして千曲市へ借用に向かった。ところが、幸高さんの実妹は「10年前に二束三文で東京の古物商に売ってしまった」と隠さず話した。


 150年間守り抜いた"お宝"の古文書類が、誰とも分からぬ人の手に渡ってしまっていた。この事実を知った中条の関係者はショックのあまり、声も出なかったという。

(2010年9月11日掲載)

 
象山余聞