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静岡・神奈川03 羽衣 〜枯れ木が深刻

 〈あらすじ〉 のどかな春の日、白龍という漁師が三保の松原にやって来る。一本の松に美しい衣が掛かっているのを見つけ、持ち帰ろうとすると一人の女性が現れ、自分のものだから返してほしいと懇願する。白龍は女性は天女で、衣は天の羽衣と聞くと、家の宝にするといって返さない。

 が、悲しむ天女を見て、天の舞楽を舞って見せるなら返すという。天女は羽衣を受け取り、約束通り舞を舞い、月宮殿の楽しさや三保の春の景色をたたえ、やがて富士よりも高く舞い上がり、霞の中へ消えていく。


 謡曲「羽衣」は古来から伝わる羽衣伝説を基に世阿弥が作成した曲で、いまでも最も親しまれている傑作の一つ。羽衣伝説は日本各地にあり、海外にも似たような逸話がある。それらの多くは、天女が人間と結婚し、すきをみて衣を取り返して天に帰るという物語だ。

 この謡曲は羽衣を返せば舞を舞わずに逃げてしまうという白龍の疑いに対し、「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と天女が言い放つ。そうした曲の清純さが、三保の美しい描写とともに、格調の高いものにしている。


 三保の松原はJR東海道本線清水駅からバスで「三保松原入口」で下車、そこから徒歩15分ほど。三保半島の約7キロの海岸線に5万4000本の松が茂り、白浜・青松から望む富士は、新日本三景の一つに選ばれている。

 その松原のほぼ中央、駐車場からすぐ近くの海岸に、天女が羽衣を掛けたという「羽衣の松」がある。樹齢650年といわれる老木だ。毎秋ここに能舞台が作られ、「羽衣」を中心に薪能が上演される。また、広場の片隅に、羽衣に魅せられ、この地にあこがれながら亡くなったフランスの舞踏家・エレーヌの記念碑がある。

 この松原にも危機が迫っている。「羽衣の松」は10年前に訪ねた時は、まだ枝先に緑があった。が、いまは褐色の幹が目立ち、「死に体」寸前だ。松林は害虫に侵され、それ以上に間伐を放置してきた結果、枯れ木が深刻だ。

 地元では景観保全のため、NPO法人三保の松原・羽衣村を立ち上げた。その事務局長で羽衣ホテル女将の遠藤まゆみさん(51)は「あと30年もしたら地名と松跡しか残らない。三保ばかりか国土美の損失です」と対策の急務を訴える。


 遠藤さんのもう一つの気掛かりは、若い人たちが羽衣の物語を知らないことだという。かつては子どものころ教科書、唱歌、紙芝居で教えられ、長じては謡曲、歌舞伎、常磐津で出合った。が、今は絵本すら見当たらない。「それなら自分で」と絵本を作った。観光客らに好評で、いま3版を重ねている。

 波打ち際に立って富士を眺めると、伊豆半島の上空に、淡雪をまとい、消えいく花火のように浮かんでいた。文部省唱歌「はごろも」の3番に「いつか かすみにつつまれて 空にほんのり 富士の山」とある。その「ほんのり」がぴったりの富士だった。

(2009年11月7日掲載)


写真:倒壊寸前の「羽衣の松」

 
謡跡めぐり