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03 名付け親 〜鶴亀と象山から「亀山」

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 庭先から北アルプスが一望できる旧中条村狩場。ここに江戸時代末期、佐久間象山に私淑していた松本常吉翁(雅号・義格)が住み、農業の傍ら寺子屋の師匠、漢方医として地域に貢献していた。


 上水内郡誌歴史篇や中条村誌によると、義格=1817(文化14)年生まれ=は象山の門をたたき、寺子屋の師匠になるため3カ月間、松代の和合院で象山からオランダ語や書道などを習った。


 西山地方では、今の信州新町の旧山和田村の農業小林九右衛門、旧七二会村瀬脇の太田喜曽八、旧小田切村北畠の農業轟平右衛門貞暁が象山の門弟として名を連ね、義格もこの中の一人に当たる。中条の根踏、里原、埋橋、青木、奈良井、辻、須坂...などには義格の門弟が100人もいたといわれる。


 義格が象山に学んでいた時、実家では妻のいやに男の赤ん坊が誕生した。58(安政5)年3月3日のことだ。


 そこで父親の義格は象山に「名付け親になってほしい」と頼み込んだ。象山は「それはめでたい」と言い、「亀山(きざん)」と名付けた。「鶴亀」はともに長命のシンボル。「亀」と象山の「山」を取って付けたのだろう。亀山さん=写真=は長生きし、100歳で昇天した。


 象山の学問の流れをくむ義格は、漢詩も作ったに違いない。自分で詠んだ作品は残っていないが、松本家で保存している漢詩を家人に見せてもらった。94(明治27)年、義格77歳の時の書写だった。中国・初唐の詩人、王勃(子安)の七言絶句。内容は人間栄華の久しからざるを嘆いたもので、懐古の情をうたっている。


 義格は息子の亀山に「お前が成長して世の中が大きく変わるころは、人間が空を飛ぶようになるだろう」と現在の航空機時代の到来を早くも予言していたという。


 象山が抱いた夢物語の受け売りであろうが、世界初の飛行(1903年)に成功した米国のライト兄弟よりも前の話だから面白い。


 この逸話は、狩場から旧中条・田ノ入の北沢家に嫁いだ義格の孫のひろ志さん(故人)から生前、取材した。彼女も92歳の長寿だった。

(2010年10月23日掲載)

 
象山余聞