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京都05 小督(上)〜高倉天皇が恋慕

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 〈あらすじ〉 

 高倉天皇から愛されていた小督の局は、中宮(天皇の后・徳子)の父である平清盛の怒りを恐れ身を隠す。悲しんだ天皇は、家臣の源仲国に捜し出すよう命令する。仲国は嵯峨野を馬で駆け巡り、満月の夜に琴の調べを聞き、小督を捜し当てた。小督は面会をためらったが、説得されて仲国を招き入れ、天皇の恋慕の文を受け取り、涙を流して返事をしたためる。仲国は名残の酒宴で舞を舞い、都へと帰って行く。

  

 謡曲「小督」は平家物語の巻六「小督の事」を脚色した作品。小督は宮廷一の美女で、琴の名手だった。高倉天皇から寵愛されたばかりか、その前は清盛の娘婿・冷泉隆房の愛人でもあった。清盛は「二人の婿を惑わせた」と怒り、小督は身の危険を感じて姿を消した。


 天皇から命じられた仲国が、探索の手掛かりとしたのは、片折戸(片開きの戸)の庵と、琴の調べ。仲国は8月15日の満月の夜に「今夜、小督は琴を弾くに違いない」と駒を進め、予想どおり琴の音を聞き留めた。聞き覚えのある「想夫恋」の曲だった。謡曲ではこの場面を「駒之段」として情緒豊かに描写しており、能楽の見せどころでもある。


 舞台は第1回の「嵐山」と同じ嵯峨野。謡曲には「法輪に参れば、琴こそ聞こえ来にけれ」とあり、仲国が琴の音を聞いた場所は、法輪寺付近とみられる。同寺は嵐山の中腹にあり、今昔物語や枕草子にも記載されている古刹だ。地元では「十三まいり」の寺として親しまれている。観光客で雑踏する対岸の表通りに比べて静かである。訪れた時はカメラマンが一人、シャッターを押していた。


 仲国は法輪から、琴の音を頼りに大堰川の橋を渡って、小督の隠れ家を捜し出した。橋の名は「渡月橋」。亀山上皇が名付け親とかいうが、かつては「小督」にちなんで「琴聞き橋」とも呼ばれた。渡月橋の北側のたもとに「琴きゝ橋跡」と刻んだ小さな石碑がある。現在の橋は1934(昭和9)年建立の鉄筋コンクリート製で、欄干だけが景勝に配慮して木製にしてある。


 渡月橋から上流に向かって少し歩くと、「小督庵」と刻んだ丸い石と木戸がある。このあたりが小督の隠れ家跡とされており、以前来た時は古びた石塔が木陰にひっそりとたたずんでいた。それが最近整備されて、左側の道路沿いに移され、塚も新しくなっていた。しかし、小督は忘れられたのか、塚の前に立ち止まる観光客が少なかったのは寂しかった。

(2011年10月22日号掲載)


写真=嵯峨野にある小督塚


 
謡跡めぐり