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九州07 松浦佐用姫(まつらさよひめ)〜悲恋物語復曲

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 〈あらすじ〉

 旅僧が肥前国松浦潟に雪景色を見に来ると若い海女がやってきて、ここは佐用姫が鏡を抱いて身を投げた所と教え、遣唐使として旅立った大伴挟手彦(おおとものさでひこ)との悲恋物語を語る。最後に「仏門に入りたいので、袈裟を授けてほしい。お礼に鏡をお見せしましょう」と言って消える。僧がまどろんでいると、海女は佐用姫の幽霊となって現れ、約束どおり狭手彦の映った鏡を見せる。そして、恋慕の執心を嘆き、山頂で領巾(ひれ)を振って別れた場面や、鏡を抱いて海に沈んでいく姿を再現してみせる。

    

 松浦佐用姫伝説は、「羽衣」「浦島太郎」と並んで、日本の3大伝説の一つといわれている。古くは万葉集にも記載され、これまで文学、能、演劇などの題材に広く使われている。だが、それにしては、ほかの二つに比べてあまり知られておらず、筋書きも諸説ある。


 地元に伝わる物語は次のようだ。


 天皇から朝鮮半島への出兵を命じられた狭手彦は、松浦の里に滞在し、身の回りの世話をした長者の娘・佐用姫と恋に落ちた。やがて船出の日、狭手彦は形見として鏡を渡し、佐用姫は山の頂上から領巾を振って見送った。さらに船を追って松浦川まで一気に飛び降り、加部島にわたり、7日7晩泣きあかして石になってしまった。


 謡曲「松浦佐用姫」は、ほぼこの伝説を取り入れている。ただ、観世流宗家に世阿弥自筆本として伝わってきただけで、長い間、廃曲になっていた。それが1963(昭和38)年、世阿弥生誕600年記念能として復曲上演され、2000年に観世流の曲柄4番の執心物として正式に加えられた。


 松浦潟は今の佐賀県と長崎県の北部に広がる唐津湾に面した地域で、謡曲の舞台は佐賀県唐津市の全域だ。市のほぼ中央に松浦川が流れ、上流に佐用姫が領巾を振って名残を惜しんだ領巾振り山(現在名は鏡山)、河口付近に佐用姫が飛び降りた時の足跡が残るという佐用姫岩がある。ほかにもゆかりの場所は数多く、たどるには「二人の思い出」「出会い」「悲しき別れ」の3コースがある。一日で回るのは難しい。


 佐用姫岩に行くと河口の真ん中に巨大な花こう岩が居座り、そのてっぺんに足跡だという「くぼみ」がある。周囲に桟や小さなあずまやがあり、荒々しいながらも落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


 唐津市から浜玉町に沿った海岸線に「虹の松原」がある。三保の松原、天の橋立とともに日本3大松原の一つだ。幅500メートル、長さ4・5キロにわたって続き、樹齢数百年の老木から最近の幼木まで、およそ100万本の黒松が植わっている。その中の国道を走ると、緑のトンネルのようだった。


 バスを降りて、しばらく松原を散策し、海岸に出た。佐用姫が悲しんで見つめ続けた松浦潟だ。孤を描いて続く白浜、青く澄んだ海と空がきらきら輝いていて、まぶしかった。


(2008年12月6日号掲載)


写真=松浦川にある佐用姫岩