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滋賀・京都07 鉄輪(かなわ)〜女の恨み描く

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〈あらすじ〉

 京都の女が、自分を捨て後妻を迎えた夫を恨んで貴船神社に丑の刻参りをしていた。ある夜、神官から「顔に舟(赤い塗料)を塗り、火を付けた鉄輪をかぶると鬼になれる、と神託があった」と教えられる。女は鬼となって復しゅうを決意する。

 一方、その女の前夫は夢でうなされるので、陰陽師の安倍晴明に占ってもらうと「女の恨みで、今夜限りの命だ」と告げられ、驚いて祈とうを頼む。そこに鬼となった女の生き霊が現れ、数々の恨みを述べながら、後妻を討ち、さらに男も殺そうと迫る。が、晴明の祈とうの神に敗れて消えてゆく。

 (鉄輪とは、火鉢に置いて鉄瓶などを支える三本足の輪)


 鎌倉時代後期に書かれた「屋代本平家物語」の「宇治の橋姫」から取材した怨霊の物語。相手をのろい殺そうと、午前2時ごろ神社に願をかける「丑の刻参り」は当時から行われ、貴船神社はその心願成就・呪詛の神として知られていた。


 同神社へは叡山電鉄の貴船口駅下車、ここから専用バスで5分。一般車両は進入できず、当日は貴船川に沿った一本道を歩いた。山側に料亭や旅館が立ち並び、川の上には川床料理の座敷として板を敷き詰めてある。川から吹き上げる風が心地よく、のろいとは全く別世界。


 30分ほど歩くと鳥居があり、石段を上ると本宮に出た。境内には絵馬の起源という黒馬・白馬の像があり、「御神水」と書かれたわき水があった。わき水は御所の御用水として使われてきた賀茂川の水源の一つ。今もボトルに入れて持ち帰る参拝者が多い。


 本宮から10分ほど奥に進むと結社(ゆいのやしろ)がある。平安中期の情熱的歌人として知られる和泉式部が、夫の心を取り戻すため参拝したと伝えられ、今は「縁結びの神」として女性に人気があるという。


 さらに歩くと、うっそうとした大木に囲まれた奥宮があった=写真。実は、ここがかつての本宮のあった場所で、1055(天喜3)年の貴船川のはんらんで、現在地に移った。しっとに狂った女が丑の刻参りをしたのは、この元本宮の奥宮の方だ。女の住まい跡は、鉄輪塚が発見された下京区鍛冶屋町の裏小路にある。


 謡曲本では「作品はしっとの悪意が描かれたもので、下品といえば下品だが、それだけ人間的感情を深刻に描写した類例のない傑作」と解説している。そうだとしても物語は不公平だ。女は「捨てられて涙に沈み」と夫を恨みながら、「ある時は恋しく、起きても寝ても忘れえぬ思いの」と、なおも未練たっぷりで揺れている。こんな鬼女にしたのは夫にほかならない。しかも後妻だけ罪もないのに殺されてしまう。浮気な「徒男(あだしおとこ)」を、まんまと逃がすわけにはいかない。


 謡曲では、生き霊は敗れて消えてゆく。が、「時節を待つべしや。まずこの度は帰るべし」と再度の復しゅうをにおわせている。その続編がないのが残念だ。


(2007年12月1日号掲載)

 
謡跡めぐり