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九州08 檜垣 〜老女の姿哀れ

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 〈あらすじ〉

 肥後国岩戸山の観世音で修行していた僧のところに、毎日水を捧げにくる老女がいる。尋ねると、「後撰集にある『年ふればわが黒髪も白川の みづはくむまで老いにけるかな』は私の和歌。若いころは太宰府で白拍子をしていたが、老後は白川のほとりに住んでいた。国司が通り掛かり、水を所望されて詠んだ」と語って消える。僧が白川の庵を訪ねると、老女の幽霊が現れる。美ぼう故に異性を惑わせてきた罪で、水をくみ続けていると訴え、「私を成仏させてほしい」と言う。僧はねんごろに供養する。

    

 謡曲「檜垣」の老女は、太宰府で檜垣の家に住んでいたので、「檜垣の女」と呼ばれていた。白拍子として舞を舞ったり、遊女になったりした。女盛りを過ぎてから白川に移り、老醜をさらけながらも、100歳近くまで生きた。そして死後は、男を惑わしたり、苦しめたりした罪で地獄に落ち、因果の水を永遠にくみ続ける。その姿は「老悴衰へ形もなく、露命窮まって霜葉に似たり」とすさまじい。誇り高い美女の哀れな末路を描いた謡曲で、「姨捨」「関寺小町」とともに、「三老女」として重く扱われている。


 謡跡の一つは、JR熊本駅から南へ約2キロの蓮台寺。熊本市内を東南に流れる白川のほとりにある。老女の屋敷跡といわれ、千年余の歴史を持つ古刹だ。境内に老女の墓といわれる石塔があり、本堂には観音像の横に「檜垣媼(おうな)像」があった。


 僧が修行していた岩戸観音は、市の西にそびえる金峰山の中腹で、霊巌禅寺の「霊巌洞」と呼ばれる横穴の中にある。バスは近くの集落まで1日1本というから、タクシーで行くより仕方がない。40分ほど山道を走ると駐車場があり、剣豪・宮本武蔵の丸い大きな座像があった。この横穴は武蔵が細川家に仕えた際、ここにこもって兵法の「五輪書」を書き上げた場所でもある。檜垣より、むしろ武蔵ゆかりの地として知られる。


 駐車場から少し下ると寺があり、受付にフクロウを肩にした白髪の老女がいた。「まさか檜垣の」と一瞬ぎょっとした。本堂裏の岩山の斜面に、江戸時代の商人が寄贈した五百羅漢が広がり、その前を過ぎると霊巌洞があった。高さ3メートルほどの横穴で、入り口には安全のためか格子がはめてあり、中は薄暗くて見えなかった。


 熊本城に立ち寄ってみた。近くのレストランでビールと食事を取った後、城までの坂道を上ると疲れが出て、城内のベンチに座り、外国人を含むおびただしい観光客をただ眺めていた。

 帰宅後、たまっていた新聞を整理すると、数日前の信濃毎日に熊本日日の記者が書いた熊本城本丸御殿の記事が紙面いっぱいに掲載されていた。復元が完了し、特別に一般公開していたのだった。「これは何だ。せっかくその場に行きながら、見ないで帰るとは」。疲れを誘った一杯の生ビールが悔やまれた。


(2008年12月13日号掲載)


写真=蓮台寺にある老女の墓