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滋賀・京都08 鵺(ぬえ)〜怪獣も大明神

 〈あらすじ〉

 旅僧が淀川の下流の芦屋の里で一夜を過ごしていると、うつほ舟(大木をくりぬいた丸木舟)に乗った怪しげな漁夫がやってくる。僧が名を尋ねても、なかなか明かさなかったが、「源頼政に退治された鵺の亡霊だ」とやっと名乗り、「弔ってくれるなら聞かせてやろう」と、討ち取られた時の様子を語って消える。

 僧が読経していると、鵺の姿となった亡霊が現れ、弔いに感謝し、再び当時のことを語る。そして、頼政は天皇から厚く賞賛され、剣までもらった。それに比べ自分は、うつほ舟に入れられて淀川に流され、朽ちながら冥土に落ちていった、と嘆くのだった。


 謡曲「鵺」は平家物語から取材した切能物(五番目物)。同物語によると、近衛天皇の時代、毎夜のように宮廷の上空に黒雲がたちこめて、天皇が悩まされた。高僧の祈とうでも効果がないので、妖怪のたぐいとにらみ、当時の平家最盛期にただ一人、源氏の武将だった源頼政に退治を命じた。


 頼政は郎党一人を連れて待ち伏せし、御殿の屋根に舞い降りた黒雲を弓で射ると、手応えがあった。落ちてきた妖怪に郎党がとどめを刺す。頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎で、鳴き声は鳥の鵺という怪獣だった。能舞台ではシテがその場面を一人で演じてみせる。


 京都市下京区の綾小路通りに、頼政が鵺退治の際に祈願したといわれる神明神社がある。近衛天皇がしばしば行幸されたという藤原忠通の屋敷跡で、ここにあった鎮守の社が、この神社だ。かつては広大な敷地だったのだろうが、今はビルの谷間に窮屈そうに建っている。


 神社には頼政が鵺を射止めた矢じり2本が奉納され、社宝として伝わり、祭礼の時に飾られている。京都では観光客の訪れもなく、目立たない小さな神社だが、厄よけ・火よけの神として市民に人気があるという。


 二条城の北の橋、NHK京都放送局の南に公園がある。鵺が射止められたという場所だ。その公園の片隅に祠があり、ここに鵺が大明神として祭られてあった=写真。頼政が血の付いた矢じりを洗ったという池もあったが、子どもが落ちると危ないということで、コンクリートで固めてしまった。


 それにしても、得体の知れない怪獣までも、大明神に仕立ててしまうのは驚きだ。何を祈願し、どんなご利益があるのか分からないが、祠をはじめ周囲はきれいに手入れされていた。身近な史跡を大切にしようとする、京都人の伝統的な心が感じられた。


 謡曲は単なる頼政の武勇伝でなく、討たれた鵺の立場から語られているのに特徴がある。勝者である頼政の栄光をうらやみ、それに比べて自分は淀川に流され、暗い道へと落ちてゆく。「せめて仏法の月に照らして、成仏させてほしい」と哀願する。そこには敗れた鵺の人間的な孤独感や悲哀が漂っている。


 その栄光に輝いた頼政も、やがて高倉宮を奉じて平家討伐で挙兵する。そして敗れて宇治の平等院で扇を敷き、その上で自害して果てた。生者必滅、無常の世の習いである。    

滋賀・京都=終わり

(2007年12月15日号掲載)

 
謡跡めぐり