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008 パリ サンマルタン運河 〜「北ホテル」などの舞台に〜

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 フランスの映画監督マルセル・カルネの名作『北ホテル』の舞台は、サンマルタン運河。映画そのものはオープン・セットだが、舞台は全く同じように設定されている。


 運河は、墓地の近くを手分けして掘って水を引いた。橋も忠実に再現している。映画でも重要な役を果たし、それを使って抜群のカメラワークによって映画界に衝撃を与えた作品である。


 物語はこうだ。

 サンマルタン運河沿いの北ホテルで心中未遂を起こす宿泊客の若い男女。この事件を機に2人の間はぎくしゃくするが、ホテルの酒場に集まる付近の人々との交流を通じて立ち直っていく。得体の知れない男エドモンも映画の中心的な役で、かつての仲間に追われる身。最後は殺されるが、それは意図されたものだった。だが、不幸せだった若い男女はささやかな幸せを見つける-。


 登場人物は、水門の管理人やタクシー運転手、消防士、ウエートレスから夜の女性まで。下町のごく普通の人々にスポットを当てるカルネ監督は、この映画をはじめ『天井桟敷(さじき)の人々』『嘆きのテレーズ』など日本でもなじみ深い作品が多い。常に市民の目線から、人間の抱くロマンチシズムと不条理な現実を描いている。


 舞台は運河沿いの下町だけに、人情あふれるドラマから一躍、観光名所になった。今でも 「HOTEL DU NORD(北ホテル)」の名前で、カフェ・レスランとして残っており、テラス席から運河の風景が楽しめる。


 運河のクルーズの乗り場は2カ所ある。私はバスティーユ広場近くから出発するカノラマを選んだ。もう一つはオルセー美術館前から出るパリ・カナル。約2時間半と長いが、ゆったりと街を下る。途中で水位調節の"立ち止まり"があるため観光向きではないかもしれない。


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 私が乗った日は、地元の小学生が社会見学で乗り込んできた=写真下。なんと、にぎやかなこと。どこの国でも同じだ。船窓からはレトロ調の古き良きパリの風情が楽しめる。パリの表の顔がセーヌ川なら、この運河は裏の顔。エッフェル塔やノートルダム大聖堂の代わりに、北ホテルや情緒ある鉄の橋が並ぶ。


 いずれも歩行者専用のアーチ状、モスグリーンの橋で、毎年パリ市がペンキを塗り直して大切にしていることも知っておきたい。その一つが、オドレイ・トトゥの当たり役「アメリ」が小石を投げて水切りをした所。この近くには、今でも『アメリ』のポスターを貼っている店があった。


 この運河は、19世紀にセーヌ川とウルク運河とを結ぶ水路として掘削された。北側にはたくさんの倉庫が並んでいる。今ではニューヨークのソーホーさながらアトリエとなって、前衛的な芸術家が住み込んでいる。若者を中心に観光客も運河沿いに腰を掛けてパリの素顔を見ている姿が多い。「日本人観光客も外面のパリばかりでなく、パリの本当の姿をもっと知ってほしいですね」。カノラマの若い女性ガイドは私に、皮肉を込めてそう語った。

(2012年7月28日号掲載)


=写真上=映画「アメリ」の舞台の橋の上は記念撮影のポイント

 
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