記事カテゴリ:

京都09 鞍馬天狗〜牛若に兵法伝授

京都09.jpg

 〈あらすじ〉

 鞍馬寺の僧正が稚児たちと花見をしていると、山伏がやってきて座を乱す。僧正は仕方なく連れ帰るが、一人の稚児が居残る。山伏は源義朝の9男・沙那王(しゃなおう=牛若丸)と気付き、2人で花見を楽しんだ後、鞍馬に住む大天狗と名乗り、後で兵法を授けると言って消える。翌日、牛若が武装して待つと、大天狗は大勢の子天狗を連れて現れ、兵法の奥義を伝授し、源氏の再興を予言する。2人は名残を惜しみながら別れる。

   

 謡曲は源義経が牛若時代、鞍馬山で天狗から兵法や武芸を学んだという、平治物語や義経記などに載っている伝説を脚色した。


 平治の乱(1159年)で父・義朝が平清盛に討たれ、母・常盤御前は幼い子どもたちの助命を条件に清盛の側室となった。7歳だった牛若は、鞍馬寺に預けられ、清盛の子息たちと一緒に育った。謡曲はその時のことで、仲間外れにされていて「月にも花にも捨てられて候」(謡曲)と悲しむ牛若を、大天狗は叱咤激励するのである。


 謡曲に登場する天狗といえば、正道に反して暴れる厄介者で、時には滑稽者でもある。だが、この鞍馬天狗は正義の味方だ。謡曲本は「天狗の中の特異なもの」としている。


 鞍馬寺へは、洛中の出町柳から叡山電鉄で約30分。終点の「鞍馬」で下車すると、すぐ仁王門があり、門をくぐると都じんから離れた鞍馬の別天地に入る。本堂へはケーブルがあるが、元気なら徒歩で。つづら折りの参道には老木が茂り、道筋には「鞍馬の火祭り」で知られる由岐神社、牛若が修行した東光坊跡などがある。


 参道から石段を上がると、広い敷地があり、中央に朱塗りの本堂がある。この辺りが山伏姿の大天狗と稚児たちが出会った場所だとされる。


 本堂から、さらに薄暗い山道を進むと僧正ガ谷の不動堂に出る。「そもそもこれは鞍馬の奥僧正が谷に、年経て住める大天狗なり」と天狗が名乗った場所であり、牛若が兵法を伝授された場所だ。不動堂の前には義経堂がある。兄の頼朝に追われ、奥州の衣川の合戦で自害した義経の霊が鞍馬に帰り、沙那王尊としてここに祀られている。


 僧正ガ谷からしばらく歩くと奥の院魔王殿に到着し、さらに進むと貴船川のせせらぎの音が聞こえてくる。西門をくぐって橋を渡れば、謡曲「鉄輪」ゆかりの貴船神社だ。高齢者にはきついが、一度は巡ってみたいコースである。

(2011年12月17日号掲載)



写真=僧正ガ谷の不動堂