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09 うめ女と落款 〜贋作多い象山の書

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 佐久間象山の書と俳人・小林一茶の短冊には偽物が多いという。十中八九までが偽物とさえ言われる。象山は高田(現新潟県上越市)生まれの「うめ女」という女性をそばに置いており、彼女が贋作作りに一役買っていたとする説がある。


 象山は1852(嘉永5)年、勝海舟の妹、17歳の順子と結婚した。独身時代の象山の世話をしていたのがうめ女。象山が結婚したため、うめ女は身を引いて「落款」(書画に筆者が署名、または自分の雅号の印を押すことと、その印)数点を与えられて高田に戻った。


 後に、うめ女は生活に困窮。象山の書の偽物をたくさん作らせ、落款を押して販売していたといわれる。


 この間の事情に詳しい上越市の良寛研究家故北川省一さんの話では、市内のある人が彼女から落款を買い取り、同市の旧家を経て長野市内の旅館の所有に。後の世、落款を所蔵する旅館は、贋作作りのうわさがささやかれるのを恐れて手放したという。


 松代町には書家で「こまとら象山」なる偽物作りがいた。贋作作りは表に顔を出さず、押し入れにこもって作るイメージがある。「自分が作った」と名乗る人は、まずいない。


 だが、中には一茶の贋作作りで名前が知られた人もいた。善光寺山内の宿坊の一つ。3代前の住職が一茶の書に似せて書いており、巷間でその書は「○○院一茶」と皮肉って呼ばれた。


 僧で歌人の良寛(1758〜1831)にも贋作が多い。「出雲埼良寛」とか、「(新潟市の)内野良寛」と称される偽物作りが有名だ。


 良寛の真筆と贋作を並べて専門家が鑑定しても、区別が全く付かなかったといわれるほど、見事な筆遣いだったらしい。良寛の真筆は手に入らないので、贋作と分かっていても買い求めるファンがいる。筆者は以前、上越市の骨董店で良寛ファンの人(87)と意気投合。「君にいい物を見せよう」と自宅に案内された。


 床の間には軸装した良寛の贋作。それで「良寛の書」を楽しんでいたのだ。

 
象山余聞