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九州10 玉井(たまのい)〜竜宮伝説基に

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〈あらすじ〉 

 彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト)は兄の釣り針を借りて釣りをしたが、魚に取られてしまった。自分の剣で釣り針をいくら作っても兄は許してくれず、元の針を返せという。仕方なく海の都に行き、井戸のある木陰で休んでいると、豊玉姫と妹が水を汲みに来て、井戸に映っていた尊を見て驚く。姉妹は尊を竜宮に連れて行き、父の海神に会わせる。尊と豊玉姫は愛し合って結婚し、3年を経過したある日、尊は地上に帰ることになった。海神は魚に命じて釣り針を捜し出し、玉と一緒に持たせる。姉妹は別れの舞を舞い、尊は大鰐に乗って帰っていく。

    

 古事記や日本書紀に載っている神話から取材した謡曲。謡曲の物語は尊が地上に戻るところで終わっているが、日本書紀によると、豊玉姫は妊娠しており、「すぐ産まれるから、浜辺に産屋をつくっておいて」と尊に頼む。そして出産したところ、「和布刈」で紹介したように、尊が約束を破って出産の様子を見てしまい、豊玉姫は怒って竜宮に帰ってしまうという物語が続く。 


 その後、仲直りして地上で睦まじく暮らした。その場所だったとして2人を祭っている神社は、和布刈神社や宮崎県の青島神社など各地にあり、薩摩半島の南端、開聞岳のふもとにある枚聞(ひらきき)神社もその一つだ。ここには「竜宮伝説」や、ゆかりの「玉井」がある。


 枚聞神社へは、JR指宿枕崎線の開聞駅から徒歩10分。祭神は天照大神だが、彦火々出見尊と豊玉姫夫婦も一緒に祭ってあるという。社殿は鮮やかな朱色に塗られ、境内には樹齢1000年を超える老木が数多い。薩摩一の宮としての風格がにじみ出ており、宝物殿には重文の玉手箱や島津家の古文書などが展示されている。NHK大河ドラマの「篤姫」効果で、指宿市内は「今和泉家ゆかりの観光地巡り」がにぎわい、ここまで足を延ばす観光客も増えたようだ。


 神社から北へ約300メートル。国道沿いの田んぼの一隅に小さな公園があり、そこに玉井がある。尊と姫が出会った場所の井戸とか、新婚生活で姫が朝夕汲んだ井戸とかいわれ、付近一帯も「玉井」と呼ばれている。井戸の水はむろん枯れていたが、「わが国最古の井戸」として大事にされており、斉藤茂吉の「玉の井に心戀(こい)しみ丘のへをのぼりてくだる泉は無しに」の歌碑がある。


 開聞岳は標高924メートルの火山。見事な円錐形の姿から「薩摩富士」と呼ばれる。古くから枚聞神社のご神体としてあがめられ、山頂には奥宮御岳神社がある。尊と豊玉姫がどんな生活を送ったか。知っているのは、この山だけだろう。


 太平洋戦争では、近くの知覧基地から飛び立った特攻機が開聞岳の前で旋回し、別れを告げて出撃していった。散ってゆく若者たちの心の支えとなり、最後まで見送ったのは、この開聞岳だ。そう思うと薩摩の富士が一段と美しく見えてきた。

(2009年1月17日号掲載)


写真=玉井のある小公園



 
謡跡めぐり