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静岡・神奈川12 江野島(えのしま)〜弁財天縁起が基

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 〈あらすじ〉

 江の島に伝わる弁財天縁起を基にした謡曲。欽明天皇の御代、江野浦の海上に島が湧出(ゆうしゅつ)したというので、勅命を受けた臣下が視察にやって来る。老いた漁師がいたので尋ねると、大地が振動して島が現れ、そこに弁財天が天下った様子を語る。


 さらに、住民を苦しめていた五頭龍(いずりゅう)王が、その弁財天から「おとなしくなれば夫婦になってあげる」と言われ、改心して夫婦になったといい、「自分がその龍王だ」と言って消える。しばらくして童子を従えた弁財天が現れ、続いて五頭龍王もすさまじい姿を現し、国土の守護を誓って舞う。

   

 江の島に向かうため鎌倉駅に行った。久しぶりに江ノ電が楽しめると思っていたら、日曜日とあって大混雑。3回も乗車待ちで、都心のラッシュ並みのすし詰めだった。江の島は昔から湘南を代表する観光地だが、6年前に水族館がリニューアルオープンしたこともあり、休日にはこうした状態が続いているようだ。


 江の島は周囲4キロほどの陸繋島(りくけいとう)だ。四方を険しい崖で囲まれ、島の奥にある海蝕洞の岩屋は、古くは修行の場だった。平安時代は空海や円仁、鎌倉時代は慈悲上人らの高僧が修行に励んだとされる。


 源頼朝が1182(寿永元)年、ここに弁財天を祭り、鳥居を建てた。それ以来、代々の将軍や領主が参拝し、保護してきた。江戸時代には弁財天信仰が盛んになり、庶民も参詣するようになったという。


 弁財天は二つある。頼朝が寄贈した八臂弁財天と、慈悲上人が寄贈したといわれる妙音弁財天だ。奈良・法隆寺の夢殿をモデルとした奉安殿に収納してある。妙音弁財天はヌード姿で琵琶を抱えていて色っぽい。五頭龍王を骨抜きにしたのは、こんな弁財天だったのだろう。歌舞音曲の神として芸人に人気があり、一般庶民のお目当てもこの弁財天だった。


 当時は江戸から江の島、鎌倉、金沢八景を結ぶ観光ルートがはやったといわれ、こうして江の島は修行から参詣、さらに観光の島へと移り変わってきた。


 江の島を大きく変えたのは1964年の東京五輪だ。ヨット競技の会場となり、島の東部が埋め立てられ、1000隻以上も収容できるヨットハーバーが造られ、島の陸地面積は1.5倍にも膨れあがった(先日、ヨットハーバーで、エンジンが多数盗まれた事件が報じられた)。自動車専用道路の「江ノ島大橋」も開通した。磯釣り、ダイビング、サーフィンなども盛んで、「マリン・レジャーの島」ともなった。


 発展を続ける島にも悩みがある。捨て猫による野良猫の繁殖だ。観光客や釣り人が餌を与えるため、人に懐いている。あちこちで人と戯れたり、寝そべっている猫を見掛けた。避妊手術の募金を行っているが、猫好きの観光客も増え、猫を新しい観光資源にーという動きもあるようだ。今度は「愛猫の島」ともなるのだろうか。


(2010年2月20日号掲載)


写真=観光客でにぎわう江の島への入り口

 
謡跡めぐり