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京都13 草子洗小町〜ごみ置場となっている洗水跡

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 〈あらすじ〉

 宮中での歌合わせ会で小野小町の相手と決まった大伴黒主は、勝ち目がないと思い、小町の家に忍び込み、歌を盗み聞いて万葉集の草子に書き込む。翌日、清涼殿での歌会で、紀貫之が小町の歌を詠みあげると、黒主は万葉の盗作だと言って、草子を差し出す。小町は驚いたが、入れ筆と見破り、草子を洗うと小町の一首が消えた。面目を失った黒主が自害しようとしたので小町がいさめ、所望されてあでやかに舞う。


 平安京時代の内裏(御所)で行われていた歌合わせ会を題材とした創作劇。世代の違う小町と黒主を対戦させたり、紀貫之ら古今和歌集の選者たちを一堂に集めるなど、物語は無理がある。謡曲本は「作者(世阿弥といわれる)は、若く美しい時代の小町を描きたいために、あえて創作した」と解説している。


 いわゆる「小町物」はいくつかあるが、前回紹介したように老女物が多い。「通小町」は姥物であり、若い小町を登場させているのはこの謡曲だけである。


 小町と黒主は、共に古今和歌集の優れた歌人として「六歌仙」に選ばれている。貫之はその仮名序に、小町について「衣通姫(絶世の美女)の流れ、いわば良き女の、なやめるところに似たり」、黒主については「そのさまいやし。いわば薪の負える山人の花の陰に休めるが如し」と批評している。黒主はその「いやしき男」から、悪役に仕立てられたのだろうが、黒主こそとんだぬれぎぬといえる。


 謡曲の舞台は、江戸時代末期に建築された今の京都御所ではない。平安京の内裏は、現御所の西方2キロほどの地区にあった。火災、再建の繰り返しで遺構は破壊され、今や上京区の市街地に埋没している。ただ、下立売通を中心に内裏跡の立札や石柱が点在し、内郭回廊跡は「内裏の確実な遺跡として唯一のもの」として国史跡に指定されている。市街地にしては広い敷地が確保され、地下に遺構が保存されている。


 一条通の堀川「戻橋」から10メートルほど東の角に、最近までこの謡曲の史跡があった。清水が湧き出た井戸があり、草子を洗った水として、井戸跡には「小野小町草子洗水遺跡」の石碑と謡跡保存会の駒札が立っていた。


 だが、それらはいつの間にかなくなった。訪れた時は「小町通」と記した小さい石碑が半ば土に埋まり、上にごみ袋が積まれていた。架空の遺跡であり、忘れられても仕方がない。「小町通」の町名が残ったことで、満足すべきかもしれない。

(2012年2月18日掲載)

 
謡跡めぐり