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京都14 金札(きんさつ)〜縁起を脚色

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 〈あらすじ〉桓武天皇が平安京に遷都した際、伏見に社殿を造ろうと勅使を送る。勅使が伏見に着いて、一人の翁と出会う。その時、天から金札が降り、「伊勢神宮の流れを絶やさないため、天津太玉神(あまつふとたまのかみ)を祀れ」と書いてある。翁は「われこそ太玉神である」と告げて消える。やがてその神が現れ、悪魔を退治し、国を護る金札を宮に献上して、天下泰平の御代を祈願する。


 謡曲は金札宮に伝わる縁起を脚色したものだ。ただ5流のうち、観世流は最初の勅使到着だけを残して途中を削除し、治まる御代を讃えた半能に変えてしまった。したがって、「鶴亀」と並んで最も短い曲の一つとなり、曲の意味が分からないので、あまり謡われていないようだ。


 金札宮は伏見地方の最古の神社とされている。近鉄丹波橋駅から徒歩5分。伏見区役所近くの鷹匠町にある。かつては広大な敷地を持っていたが、豊臣秀吉の伏見城築城などで削られ、今はこぢんまりした神社だ。境内に樹齢1200年以上といわれるクロガネモチの神木がそびえ、それが大社の面影を残している。


 由来書には次のように書いてある。


 伏見の久米の里に翁がいて、白菊を植えて楽しんでいた。里人が尋ねると「われは太玉神。豊作を喜び、秋ごとに白菊を鑑賞している。もし干ばつで、稲が枯れたら白菊の露をそそぐがよい」といって手に持った白菊を振るうと、たちまち清水が湧き、尽きることがなかった。


 これが神社に伝わる白菊井戸伝説だ。


 神社から半キロほど離れた所に伏見板橋小学校があり、かつての神社跡といわれている。1989(平成元)年に児童が卒業記念に名水の復活を願って校庭を掘ったところ、見事に地下水が湧き出た。「板橋白菊の井戸」と名付け、近所の人たちにも開放している。


 伏見は「伏せ水」が語源といわれるように、水の豊富な地域だ。桃山丘陵から西南にかけて地下水道が広がり、それを利用して昔から酒造りが盛んだ。川沿いには著名なメーカーの酒蔵が建ち並び、日本酒の全国生産量の17%を占めるという。


 坂本竜馬ゆかりの寺田屋を見物した。NHK大河ドラマ「龍馬伝」が終わっても、相変わらずのにぎわいだった。近くの月桂冠大倉記念館にも寄ってみた。入館料を払って日本酒の工程や歴史をたどり、あれこれ試飲する。竜馬もお龍の酌で当地の酒を飲んだかと思うと楽しくなり、ほろ酔い機嫌となって黄桜記念館のレストランで一休み。謡曲「金札」を別にしても、訪れたい城下町だった。

(2012年3月3日掲載)


写真:伏見最古の神社とされる金札宮


 
謡跡めぐり