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京都17 夕顔 〜源氏物語脚色

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 〈あらすじ〉 京の寺社巡りにやってきた僧が五条辺りに来ると、ある家の中から和歌を吟ずる声が聞こえ、若い女が現れる。言葉を掛けると、女は「ここは源氏物語にある某(なにがし)の院の跡」と教え、夕顔が光源氏と泊まった夜、物の怪にとりつかれ死んでしまった、と語って消える。僧が読経していると夕顔の霊が現れ、光源氏とのつかの間の恋を懐かしみ、僧の弔いに感謝して成仏していく。

    

 題名のように源氏物語の「夕顔」の巻を脚色したもので、同じくこれを題材とした曲に「半蔀(はじとみ)」がある。「夕顔」では女主人公がはかなく消えた哀れさを主題にしているのに対し、「半蔀」は夕顔の花が取り持った不思議な縁を楽しく回想している。夕顔の光と影を描き、「どちらが優れているかは問題ではなく、その相違にそれぞれの存在理由を持っている」とは謡曲本の解説だ。


 光源氏がある夜、夕顔を誘い込んだ「某の院」は、前回の「融」で紹介した六条河原院だ。それも栄華を極めた時代の豪邸ではなく、すでに荒廃した院だった。おびえきった夕顔は、夜更けになって生霊(嫉妬に狂った六条御息所といわれる)にとりつかれ、恐怖のあまり息絶えてしまった。スキャンダルを恐れた源氏はこっそり自宅に運んで弔い、付き添っていた侍女も口封じのため雇い入れてしまった。主従2人が突然消えた夕顔邸では、どれほど捜したことか。


 五条大橋の西側に「夕顔町」があると聞き、下京区の高辻通りの裏通りを捜し歩いた。古い住宅が並ぶ中で、「夕顔」と書いたマンションを見つけた。「ここが夕顔町か」と気付き、右隣の家の角を見ると、垣根の中に「夕顔之墳」と刻んだ石柱が立っていた。表札は「冨江保」。2人が出会ったとか、夕顔が咲いていたとかいわれる場所だ。


 後で知ったことだが、冨江さん宅の中庭に夕顔の墓がある。江戸時代に夕顔を愛する人たちが建てたものだ。今は居宅内を通らないと見学できないので、公開していないという。プライバシーを守るためにはやむを得まい。


 ただ昨年暮れ、NHKの源氏物語の秘話と史跡を紹介した番組で、この墓がちらっと放映され、その存在が広く知られた。ずんぐりした五輪塔だった。近くの路地裏には、「鉄輪(かなわ)」の嫉妬女が使ったという井戸跡も保存されている。謡曲や古典愛好家たちの人波が激しくなってくるに違いない。


 紫式部の創作による架空の史跡とはいえ、こちらはすっかり「源氏の世界」に溶け込んでいる。気軽に見学できる方法はないものだろうか。

(2012年5月12日号掲載) 


写真=「夕顔之墳」の石柱




 
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