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18 司馬遼太郎 〜「象山は好きではない」

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 文化勲章受章者の作家、司馬遼太郎(本名・福田定一)=写真=は「佐久間象山が嫌いだった」-。元信大工学部教授の高橋宏さん(76)=静岡県熱海市=は今から20年前、そんな内容のはがきを司馬からもらったという。


 高橋さんは長野郷土史研究会の機関誌「長野第151号」「同190号」に「象山の呼称問題」で論文を寄稿し、論争を巻き起こしたことがある。象山を「ゾウザン」「ショウザン」のどちらが正しい呼称かを調査した結果、「ゾウザン」は「俗称」で「ショウザン」が正しいと結論付けた。


 須坂市出身の高橋さんは信大で英語を教え、定年まで2年を残して退職。静岡県立大学に招かれた。


 そんなころ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、西郷隆盛、坂本竜馬といった歴史上の人物が登場する作品群を次々に発表していた司馬に、高橋さんは「象山を主人公にした歴史小説を、一体なぜ書かないのか」といった手紙を出したという。当代一流の作家に対して随分、度胸があったものだ。すると、筆まめの司馬から「僕はもともと象山は好きではない」と書かれたはがきが届いたという。


 その内容は「一口で言えば、象山は朱子学(江戸幕府が官学として保護し、幕臣の子弟に学ばせた)で、理屈一本で行く人。柔軟性に欠けており、嫌いだ。僕は竜馬のような人物がいい-」と。「そのはがきは大切にしまっておいたが、最近、古い物を処分し始めており、ごみとして廃棄した」と高橋さん。


 司馬は産経新聞の記者時代、「梟の城」で直木賞を受賞。「国民的作家」の名が定着すると、歴史を俯瞰して一つの物語と見る「司馬史観」と呼ばれた歴史観を築く。


 歴史教科書問題など歴史認識をめぐる論争で司馬は、明治期の戦争は肯定的に描くが、昭和期の戦争については自身が徴兵された体験から日本軍に憎悪を抱く。司馬に対しては、革新派が「戦争や植民地支配の美化」と反発すれば、保守派は「大東亜戦争を否定する自虐史観」と批判する。


 司馬の"象山嫌い"には、どんな反応が示されるのだろうか。

 
象山余聞