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京都19 野宮 〜「賢木の巻」脚色

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 〈あらすじ〉旅僧が野宮に来ると、美しい女がいて「今日は神事を行うから、帰りなさい」と言う。わけを聞くと、六条御息所が斎宮になった娘とここに籠った時、光源氏が訪ねてきた記念の日だといい、「自分が御息所」と言って、黒木の鳥居の陰に消える。僧が読経していると、物見車に乗った御息所の亡霊が現れる。賀茂祭で葵との車争いで屈辱を受けた-などと語り、源氏をしのんで舞った後、再び車で現世の火宅の門から出て行く。

    

 源氏物語の「賢木の巻」を脚色した曲で、「葵上」の続きともいえる。ただ前回の御息所は生きているが、この曲では亡霊となって登場する。


 平安時代に天皇が代わると、未婚の皇族女性が斎宮となり、しばらく野宮で身を清めた後、伊勢神宮に奉仕する慣習があった。その斎宮に御息所の娘が選ばれた。そこで御息所は、源氏との愛をあきらめ、娘と一緒に伊勢に下ろうと決心し、野宮に籠った。


 源氏はすでに愛は冷めていたが、哀れに思って会いに来た。御息所も心が痛む再会ではあったものの、源氏が来てくれたことはやはりうれしかった。謡曲はその御息所の心情を、情緒たっぷりに謡っている。


 舞台となった野宮神社は、「嵐山」「小督」で紹介したように嵯峨野にある。嵐電の「嵐山」駅から右に進み、天龍寺前を抜けると左手に野宮への小道がある。二尊院、常寂光院など奥嵯峨に通じる入り口でもある。しばらくすると、うっそうとした竹林が続く。昼でも薄暗く、日中は観光客であふれているが、夜は怖くて一人では歩けそうにない。


 神社正面には、謡曲に登場する黒木の鳥居と、その両側に小柴垣がある。鳥居はクヌギの原木が使われ、3年ごとに建て替えられている。一時、原木が入手困難となり、コンクリート製となったが、不評で昔の黒木に戻った。高松市内の会社からの寄進で、徳島県の剣山から切り出しているという。


 野宮は恋に疲れた人を癒やしてくれるのはむろん、縁結びの神社として女性に人気がある。訪れた時も、境内は修学旅行の女子学生たちでいっぱいだった。中に、黒木の鳥居に触れ、ぬくもりを確かめている婦人がいた。たぶん、この物語を知ってのことだろう。


 嵐山の渡月橋に戻って休憩していると、「この竹のお宮に行きたい」とパンフレットを手にした中国人の女性グループから尋ねられた。旅人の私だが、訪れてきたばかりなので教えることができた。野宮は外国人女性にも人気があるようだった。

(2012年6月2日号掲載)


写真=野宮神社の黒木の鳥居