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京都20 浮舟 〜密通が露見

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 〈あらすじ〉 

 京に向かう途中の旅僧が宇治川に来ると、柴舟に棹さした女に会う。尋ねると、源氏物語の浮舟のことを語った後、「私は比叡の麓の小野に住む者。都のついでに訪ねてください」と言って去る。僧が小野に行って読経していると、浮舟の霊が現れ、「2人の男の愛に苦しみ、宇治川に身を投げたが、気を失い、横川の僧都に救われた」と語り、供養に感謝して消えていく。

   

 源氏物語の「浮舟」などが典拠。大御所の光源氏が亡くなり、今は薫と匂宮の時代。薫は源氏の次男だが、実は母・三の宮の不倫の子。匂宮は帝の第3皇子で、母は源氏の娘の明石の中宮。2人は幼なじみで、共に源氏の面影をしのばせる。


 薫は源氏の異母弟の娘で不遇だった浮舟を側室とし、宇治の別邸に住まわせた。その浮舟を見初めた匂宮は、ひそかに宇治を訪れ、薫を装って契ってしまう。間違いと気付いたが、浮舟は匂宮の情熱に圧倒され、次第に引かれていった。


 密通は露見する。2人の愛に苦しんだ浮舟は、宇治川に身を投じようとした瞬間、物の怪につかれて失神し、そこを僧都に救われた。原典では、浮舟は小野の里で尼僧となる。生きていたことを知った薫の迎えを断り、出家の道を選ぶのだった。


 宇治へは昨年6月初旬、「頼政」の取材で訪れた。平等院への入り口の宇治橋のたもとに紫式部の座像があり、こんな場所にと思ったが、宇治は平安の時代、皇族や公卿の別荘地。源氏物語の第3部、宇治十帖の主要な舞台であることに気が付いた。


 匂宮と浮舟は雪の日、対岸の隠れ家で甘美な2日間を過ごした。早速、宇治橋から川を眺めてみた。かなりの大河で流れも速い。2人が肩を寄せ合い、月光を頼りに小舟で渡ったという、絵画にある情景には遠かった。


 平等院の裏山にある浮舟ゆかりの三室戸寺へは、JR宇治駅から運よくシャトルバスが発着していた。花の季節に合わせた6月だけの「あじさい号」だ。寺に着くと2分咲き程度だったが、ざっと1万本の境内のアジサイが出迎えてくれた。


 三室戸寺は770(宝亀元)年、天皇の勅命で創建されたという古刹。境内の鐘楼の脇に「浮舟之古墳碑」があった=写真。1メートルほどのカヌーを半分にしたような石塔だ。宇治川の川べりにあったのを、浮舟は仏に仕えたことで、明治の中ごろ、この寺に移されたという。傍らに謡曲史跡保存会の駒札が立っていた。100本目の記念の駒札だ。

(2012年6月16日号掲載)


写真=宇治橋と宇治川の流れ