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京都21 雲林院(うりんいん) 〜二つの秘事

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 〈あらすじ〉

 伊勢物語を愛読している芦屋の公光という男が、不思議な夢に導かれて雲林院にやって来る。桜が見事なので一枝折ると、そこにいた老人に叱られ、2人で花問答となる。老人は男が在原業平と二条の后の夢を見たと知ると、「物語の秘事を教える」と言って消える。男が桜の下でまどろんでいると若い業平の霊が現れ、当時の人目を忍んだ恋などを語って舞う。明け方、男は夢から覚める。


 伊勢物語は平安初期の歌物語の短編集。「昔、男ありけり」で始まるイケメンは、貴族の歌人である在原業平がモデルとされている。中に業平が清和天皇に侍ることになっていた姫(藤原高子=たかいこ・二条の后)を口説き落とした物語がある。謡曲はそれを題材とした。


 老人が「物語の秘事」として教えたのは、2人は弘徽殿(こきでん)の細殿で逢い引きしたこと。ここは源氏物語で、光源氏が朱雀帝の寵愛している朧月夜と密会を重ねた場所でもある。2人の男が「禁断の花」を摘み、それが露見して業平は東下りの旅に、源氏は須磨に逃れた、という因縁も共通する。


 謡曲本は「二つの秘事を二重映しにすることで、詩的空想を高めたもの。原典に照らして詮索するのは野暮だ」と説明している。


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 謡曲が雲林院を舞台としたのは、ここが源氏物語の作者・紫式部と関連が深かったからだ。この紫野一帯は狩猟地で、桜や紅葉の名所だった。式部はここで生まれ育ち、その名も紫野の地名から採った。雲林院は皇室の離宮で「紫野院」と呼ばれていたが、後に僧正の遍照が官寺の雲林院とした。その敷地は広大で、大伽藍や子寺もあった。


 現在の雲林院は、一時廃絶していたが1707(宝永4)年、大徳寺の子寺として再建された。京都市バスで大徳寺前下車。民家に挟まれた本堂もない小さな寺だ。境内に遍照の歌碑や古い観音堂があり、堂内に安置されている十一面千手観音菩薩像が、わずかに古刹の面影を残している。


 雲林院から少し離れた同じ紫野に紫式部の墓がある=写真下。島津製作所の敷地内で、隣になぜか小野篁の墓があった。篁は公卿の文人。閻魔堂の創建者で、この世と地獄を往来できる神通力を持ったといわれる。式部がこの世の秘事をまことしやかに書いた罪で、地獄で苦しめられているのを助けた、との伝説がある。


 式部の墓は今、古典ブームもあって供花が絶えない。あの世でも篁に護衛されているとすれば、幸せいっぱいな紫野の才女だ。

(2012年6月23日掲載)



写真=雲林院の正面