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22 旧家にある手紙 真筆か? 〜象山夫人・お順

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 勝海舟の妹で佐久間象山夫人の「お順」(順子)=写真上・真田宝物館蔵=については、あまり話題にならない。本紙に「信詩選」を連載中の中田敬三さんが、お順の肉筆と伝えられる手紙=写真下=の所在を知り、真贋を調べている。


 手紙は、中田さんが昨年、北信地方の旧家で江戸時代の漢詩人の子孫のお宅を訪ねた際、見せてもらった。達筆で解読は容易でない。


 中田さんによると、お順の手紙は、象山が妻への返信を多く書いていることから、佐久間家にはかなりあったはずだが、象山の死後、お順が整理したのか散逸したのか、見当たらない。


 大きな変体仮名でしたためた手紙は、長さ45センチほどの和紙8枚で、4通らしい。仮名文字の書家に見てもらったが、全部は判読できない。所々推察できるのは、「御見舞い」「御地の品物」などの言葉から、一部は病気見舞い、礼状とみられる。


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 象山は結婚後、松代藩の家老、恩田頼母に宛てた手紙の中で、お順のことを「手跡など男まさり達者なることに御座候」と紹介している。


 松代の象山記念館には、お順が詠んだという和歌が2首ある。


 わがやどの きくのしらつゆ よろずよの あきのためしに おきてこそみめ

 いろかえぬ 松と竹との末の世の いづれひさしと 君のみぞみむ


 軸の外側に「佐久間象山夫人寿子書海舟令妹ナリ」と外題が書かれている。同館では「外題がいつ、誰によって記されたか、和歌を書いたのが夫人かどうかは定かでない」としている。


 手紙、和歌とも、まだ真否の結論は出ていないが、真筆なら貴重な資料だ。その旧家からは幕末に松代藩の御典医が出ており、佐久間家とは「親戚同様に交際していた」と代々、伝えられている。


 お順は実家で象山の訃報を聞き、3日後に髪を落とした。象山没後44年間生き、73歳で没した。

 
象山余聞