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29 松代の気狂い 〜人ではなく天が理解

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 「見ろよ、松代の気狂いが通る」-。長野県郷土史研究会の機関誌「長野第105号」(1982年9月発行)に、こんな文章が掲載されている。「あッ」と驚くような表現だ。


 同号は北国往還筋、中山道筋といった県内の各宿場を紹介。諸国道中商人鑑など、「街道と宿場」の特集を組んでいる。そこに載る短文の要旨は次のとおりだ。


 「私が祖父から直接、聞いた話だが、北国街道坂木宿(現・埴科郡坂城町)でのこと。佐久間象山が蟄居を赦免された文久3(1863)年から翌年の元治元年、京都へ出発する前までの間、何かの所用で、上田へでも出掛けた行き帰りであったろうか。(象山は)この宿場を通った。


 その時、人々は『見ろよ、松代の気狂いが通る』とささやいていた。街道に面していた家の祖父が20歳のころ、その姿を見たのだろう」


 そのころ、(象山は)ちょん髷を取って丸坊主。洋式の鞍で馬に乗って通る異様な姿に、当時の人々は文明開化の大先覚者が気狂いと見えたようだ。執筆者は須坂市春木町の元県職員・高橋和太郎さん(故人)。


 象山の漢詩に「漫述」がある。


  謗者任汝謗

  嗤者任汝嗤

  天公本知我

  不覓他人知


 謗る者はなんじの謗るに任す

 嗤う者はなんじの嗤うに任す

 天公本我を知る

 他人の知るを覓(もと)めず


 五言絶句で、平声支韻。タイトルの漫はそぞろ、述は著で、そぞろに己の考えを言い著す意。


 当時、鎖国攘夷の論が起こり、象山は独り開国進取の説を主張した。意味は、陰口を言う人には言わせておけ。世間の謗嗤(ぼうし=あざけりわらう)が集中したが、私を理解してくれるのは人ではなく、天かもしれない(『和漢名詩類選評釈』)。


 象山は「特立独行」(自ら信じるところを守り、世俗の外に抜きんでて立ち、初志を貫徹する)の偉丈夫。時代より進み過ぎていたため、哀れな最期を遂げてしまった。


 写真=坂木宿の現在の町並み

 
象山余聞