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東北5県02 善知鳥(うとう)〜塩尻にゆかり

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 〈あらすじ〉 立山で修行した僧が陸奥の国に行こうとしていると、老いた漁師に呼び止められ「自分は昨年秋に死んだ者だが、妻子に形見を届けてほしい」と頼まれ、着ていた衣の片袖を預かる。僧が陸奥に着き、妻に形見を渡して弔っていると、漁師の亡霊が現れ、生前、生活のためとはいえ、殺生を繰り返してきた報いとして、地獄に落ちた。化鳥となった善知鳥にくちばしで突っつかれ、苦しめられている、と訴える。その悲惨な有様を演じて見せ、僧に助けを求めて消えてゆく。 


 謡曲「善知鳥」の史跡は陸奥国外ケ浜、いまの青森市安方町にある善知鳥神社だ。JR青森駅から通称新町通りを東へ10分ほど歩くと神社がある。本殿のほか、拝殿、宝物殿、参集殿、社務所などが建ち並んだ立派な神社だ。それを取り囲んで沼がある。市街地のど真ん中に、歴史の古い、神話や伝説を秘めた神社があることに驚く。青森市はかつては荒涼とした漁村で「善知鳥村」と呼ばれ、神社は一帯の守護神として祭られてきた。そして今でも「うとう」の名前が残るこの神社が「青森市発祥の地」とされ、市民の心の故郷ともなっている。


 ウトウとはどんな鳥か。社務所の受付にガラス箱に入った剥製があった。ハトくらいの中形の鳥で、海中を羽ばたくように泳いで魚を捕らえる。繁殖期には黄色いくちばしの上に三角形の突起物が現れるという。名前の由来は諸説あるが、アイヌ語で突起をウトウと呼んでいることから、その名が付けられたという説が有力だ。


 ウトウは青森市の鳥に指定され、保護されている。かつては、海岸のあちこちで見られたというが、今では全く姿を消した。地元紙の青森日報は10年ほど前に、野鳥の会員の教師が同市西部の油川漁港の沖合で数羽見掛けたと報じている。発見がニュースになるように、もはや一般には剥製でしかお目にかかれない「幻の鳥」となっている。


 神社から少し東に、市民の憩いの広場である合浦(がっぽ)公園がある。その海岸一帯の砂浜でもウトウは卵を産み、繁殖した。親子の情愛が深い鳥だという。海岸は乱開発で昔の面影はないが、わずかに砂浜の一部が残っている。訪れた時は公園の見事な桜が散り始めており、北国の春の終わりを告げていた。

   

 塩尻市に善知鳥峠がある。ウトウとどんな関係があるのか、あらためて訪れてみた。塩尻市の高出交差点で、国道153号を辰野町に向かって進む。20分ほど走ると左に「分水嶺」と書いた看板があり、ここが頂上(標高889メートル)だ。かつての三州街道の難所で魔の峠だったが、今は完全舗装された勾配の緩い快適な国道だ。うっかりすると通り過ぎてしまう。


 頂上は小さな公園で「善知鳥峠 謡曲『善知鳥』ゆかりの地」と書いた石碑があった。立て札には「北国の海辺で漁師に捕らえられた雛鳥を追い求めて飛んで来た親鳥は、険しい山々、激しい吹雪に力つき、この地に果てたという。土地の人はその珍鳥が善知鳥と知って手厚く弔い、うとう山と呼ぶようになった」と、峠の名前の由来が記してある。さらに「昭和六十一年九月、重要文化財保持者の観世流鵜沢雅師がここで能を演じ、それを記念して石碑を建てた」とあった。


 ここは「分水嶺公園」と呼ばれるように、峠の北側を流れ下る水は犀川・千曲川を経て日本海に、南を下る水は天竜川を経て太平洋に注ぐ。そのように流れるようにと池と水路が設けてある。が、訪れた時は残念にも池のわき水は枯れていた。


(2006年9月9日号掲載)


写真=塩尻の善知鳥峠の碑



 
謡跡めぐり