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東北5県05 安達原(あだちがはら)〜意外 にぎやか

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 〈あらすじ〉 修行の旅に出た山伏の一行が、岩代国の安達原に来て日が暮れたので、一軒家に宿を求める。初老の女がいて、快く受け入れてくれる。女は糸車を操ってみせながら、人生のはかなさ、老いてゆく宿業の悲しさなどを語る。やがて寒くなったので「寝室を絶対に見なさるな」と忠告して薪を取りに出掛けた。が、山伏がそっと覗くと死骸が山と積まれており、「さては鬼のすみかだったのか」と仰天して逃げ出す。女は鬼女の正体を現して追いかけ、食い殺そうと迫る。が、山伏たちが懸命に祈ると鬼女は弱り果て、夜嵐の音に立ち紛れて消えてゆく。


 謡曲「安達原」は別名「黒塚」といい、史跡は福島県二本松市安達ケ原の観世寺(かんぜじ)。JR二本松駅からバスで10分。車だと高速道二本松ICから国道4号線に出て8分程度。場所は物語からして、薄暗い山中を予想していたが、意外にも市街地から少し外れた阿武隈川のほとりで、車が行き交うにぎやかな所だ。


 謡曲は地元の鬼婆伝説を基にしたもので、その伝説は「みちのくの安達が原の黒塚に 鬼こもれりというはまことか」という拾遺集の平兼盛の和歌から生まれたという。観世寺の「黒塚縁起」として伝わる伝説の概要は次の通り。


 時代は1260年ほど前。鬼婆の名は「岩手」といい、京都の公卿屋敷に仕えた乳母だった。育てた姫が病気になり、易者から「妊婦の生肝を飲ませれば治る」といわれ、はるばる安達原の岩屋までやってきた。そして、ここをすみかとして網を張っていた。ある夜、若夫婦が泊まり、身ごもっていた妻の恋衣(こいきぬ)が苦しみ出し、夫は薬を求めて外出した。岩手はこの時とばかり、恋衣に襲い掛かり、出刃を突き刺して生肝を取り出した。恋衣は苦しい息の下から、「私は幼い時に京都で別れた母を捜している」と言い、守り袋を取り出した。見るとびっくり、わが娘だった。このショックで気が狂い、生血を吸い、生肉を食らう鬼婆となった。


 なんともすさまじい伝説だ。縁起は続けて「その数年後、那智の東光坊の僧がここに泊まり、部屋の恐ろしい秘密を知って逃げた。鬼婆は激しく追ってきた。僧は背負っていた観音像を下ろして懸命に祈ると、観音像は空に舞い上がって光を放ち、白真弓で鬼婆を退治した。以来、白真弓如意輪観音の威光は後世に伝わり、奥州随一の霊場となった」と説いていいる。


 観世寺の山門をくぐると、正面に本殿があり、その左手に鬼婆を退治した観音を安置した観音堂、恋衣の小さな地蔵堂がある。境内には鬼婆の住んだ岩屋、出刃を洗った池などが配置してあり、右手の宝物殿には鬼婆が使ったというさび付いた出刃や鍋、釜のたぐいが展示してある。まさに鬼婆ずくめだ。本物かどうか、そんなせんさくはともかく、たくましい「商魂」というか、アイデアには感心せざるを得なかった。


 山門から200メートルほど離れた阿武隈川のほとりに、1本の杉がそびえ、その根元にこんもりとした塚がある。鬼婆を埋めたという黒塚だ。雑草が生えて「緑塚」となっていたが、うっそうとした杉の大木が不気味さを漂わせていた。


東北5県おわり


(2006年11月4日号掲載)


写真=伝説の「黒塚」


 
謡跡めぐり