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京都23 右近(うこん)〜后への禁断の恋〜

 〈あらすじ〉

 鹿島の神主が、右近の馬場で桜見物をしていると、身分の高そうな婦人が女車でやってくる。神主は昔、在原業平がここで同じく女車を見て詠んだ歌を思い出し、口ずさむ。


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 それを聞いた婦人が喜んで、知っていた返歌で応える。一緒に花を楽しみ、婦人は桜葉の神であることをほのめかして隠れる。しばらくして婦人は神の姿になって現れ、桜葉明神の誕生の由来や始まる御代と満開の桜をたたえて舞い、天上へと消えていく。

      ◇

 謡曲は伊勢物語の第九十九段を脚色した。神主が口ずさんだのは、業平が上品な女性をちらっと見て詠んだ歌。当時はナンパするには和歌を贈った。


 見ずもあらず 見もせぬ人の恋しくは

 あやなく今日やながめ暮らさん

 (見ないわけでもなく、よく見たわけでもない人が恋しくて、今日一日は物思いに沈んで暮らすことだろうよ)


 返歌に反応があった。

 知る知らぬ 何かあやなくわきて言わむ

 思ひのみこそしるべなりけり

 (知っていようが、知るまいが、そんな区別はいらない。あなたの思いこそが恋の道しるべでしょうね)


 相手の女性は、言うまでもなく入廷前の二条の后である。これが「禁断の恋」の始まりだった。


 謡曲の常道としては、主役(シテ)として后の霊を登場させるのだろうが、この曲は北野天満宮の末社だった桜葉明神を登用し、初能の「神物」に仕上げている。それだけに「神物」にしては艶っぽさがある。


 舞台の右近の馬場は、平安京時代の右近衛府の鍛錬所で、桜の季節の騎射試合では多くの見物人でにぎわった。菅原道真は右近大将にまで出世し、この馬場を愛用した。そして、冤罪で九州に流されて死亡し、その霊を鎮めるため、神託によってこの地に北野天満宮が建てられた。


 右近の馬場は、今も天満宮の参道に沿って残っている。幅も長さもかなり短くなったものの、参拝者の無料駐車場として開放されている。


 桜葉の神を祀った神社は、一時は二条城に移され、さらに上京区出水通りの現在地に移された。


 バス停「千本出水」で下車。訪れると「桜宮(さくらのみや)神社」と名が変わり、町の真ん中にあった。小社で桜も数本しかないが、祀ってある神は桜葉明神のほか、天照大神、稲荷大神、御嶽大神、金毘羅宮、八幡大神、愛宕大神と豪華な顔ぶれだ。


 神社前にある案内板には「謡曲右近に詳しく当社の由来が描かれている」とある。桜葉の神は、自らシテとなった謡曲をお気に召していた。

(2012年8月4日号掲載)


=写真=北野天満宮に残る右近の馬場

 
謡跡めぐり