記事カテゴリ:

05 プラトンの例え(2) 〜「分かったつもり」から 「もっと知りたい」へ導く〜

 「月の満ち欠け」を知らない人はいないでしょう。しかし、「なぜ」そのような現象が起こるのかについて、太陽と月と地球の位置関係を正しく理解している人は多いとは言えません。 「そんなこと分からなくても日常生活を送るのに不便はないじゃないか」といった言葉がよく聞かれます。このように、われわれ人間は、表面的な現象(月が太ったり痩せたりする)の部分的な理解だけで、全て分かったつもりになってしまうことがあります。


 さらに「なぜ、そのような現象が起きるのか」という、物事の現象の奥にある原因を理解しようとすることを面倒と感じ、「もっと知りたい」という知性の働きに自らブレーキをかけてしまいます。


洞窟と囚人

 このブレーキは、原子力発電の問題のように、推進者は自分に都合のいい部分については一生懸命考えるけれど、都合の悪い部分は考えることをストップするというかたちでも現れてきます。


 プラトンは『国家』という対話篇の中で、次のような例え(イラスト参照)を使って、このような知性の特徴と教育の問題を取り扱っています。


0922-27m.jpg

 「太陽に向かって小さな入り口が開いた洞窟がある。人間はその洞窟の中にいる囚人である。囚人は、奥の壁に顔を向けて、後ろを振り向くことができないように手足と頭を縛られて座っている(A)。囚人の後ろには、入り口の方に洞窟を横切って人の背の高さの壁があり(C)、その後方、入り口の近くで火が燃えている(E)。その火と壁の間を人形遣い(D)が、頭上に様々な人形(人間、動物、道具など)をかざして通る。そして、その人形の影が火によって洞窟の壁に映し出され(B)、囚人はその影絵を見て、それが真実の全てだと思い込んでいる。


 しかし、囚人が縄を解かれ、後ろを振り向くことができるようになると、それまで自分が見ていたものが、人形の影にすぎなかったことが分かる。さらに洞窟を出てみると、まぶしい太陽の下に、人形の元になっている真実が存在していることが分かって驚く」


 では、誰が囚人の縄を切って、向きを変え、洞窟から連れ出すのでしょうか。プラトンは、この「魂の向き替え」を行うのが教師であると示唆しています。


 物事の成り立ちについての、自分の都合に合わせた中途半端な理解は、原子力の例のように、早晩、取り返しのつかない最悪を引き起こす危険性をはらんでいます。


 子どもたちが「分かったつもり」で止まってしまわないように、知性を縛る縄目を切る役割の重要性について考えてみてください。

(2012年9月22日号掲載)


 
続・たてなおしの教育