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011 ドイツ 仕掛け時計 〜ミュンヘンの歴史の重さ〜

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 毎日、午前11時と正午に合わせて人々が群れてくる。そこはマリエン広場。1世紀以上前に建造されたネオ・ゴシック様式のミュンヘン市庁舎の正面にある。市庁舎中央の鐘楼にある仕掛け時計・グロッケンシュピール=写真=を見るためだ。ドイツ最大のもので、32体の人形はほぼ等身大。


 3オクターブ半の音域の鐘の音が開始の合図だ。舞台は2段に分かれて、まず上段から。バイエルン王ヴェルヘルム5世とロートリンゲンのレナータとの結婚式と、そこで行われた騎馬試合で勝利するバイエルンの騎士の様子を表現している。槍試合で首を討つ地元の騎士に対して、討たれた相手騎士の首がカクンと後ろに折れると見物人から笑いと拍手が起きる。


 その後、下段では16世紀に猛威を振るったペスト(黒死病)が終息したのを祝って、神に感謝し市民を励ますために7年ごとに奉納される羊飼いの踊りをする桶職人たちを再現している。夏季には夕方、7階の出窓に「角笛を吹く夜警」「ミュンヘンっ子を祝福する平和の天使」が姿を見せる。 


 初めてミュンヘンを訪れた時、私は美術館を途中で飛び出して広場に駆け付けた。詰めかけた見物人に交じって見ている時間がとても幸せだった。ヨーロッパ、そしてドイツの奥深い歴史を再認識し、居合わせた人々と楽しさを分かち合ったものだ。以来、ミュンヘンを訪れるたびにこの仕掛け時計を見ることにしている。もう慣れっこになったが、それでも見るたびにあの時の感動を思い出す。


 マリエン広場で一緒に見ていたアメリカ・ペンシルべニア州から来た50代のドイツ系夫婦は「私たちのアメリカは本当に歴史が浅く、こういう歴史遺産のような物を見ると、その深さに太刀打ちできない文化の大きさを感じます。アメリカの作家ヘンリー・ジェイムズが生涯、ヨーロッパへのコンプレックスを払拭しきれなかったことは、この歴史的な仕掛け時計一つ取ってみてもわかる気がします。でも祖父母たちがこの国に生まれ育ったことを思うと感慨深く、誇りさえ感じます」と語ってくれた。 


 2度目の訪問時には、市庁舎の2階から展望台へのエレベーターに乗ってみた。高さ75メートルの塔の展望室からは、すぐ左下の人形がちらりと見えた。踊る桶職人の一体。やはり、そばで見るととても大きいものだ、と実感した。


 窓越しから見る市内の風景も美しい。オレンジ色の屋根が続く家並み。右手には、2つのネギ坊主頭のフラウエン教会(聖母教会)が見える。ミュンヘンのシンボルでもある。15世紀後半から88年かけて建造された。やはりネオ・ゴシック様式で、北塔は高さ99メートル、南塔は100メートル。1メートルだけ差があり、南塔にはやはりエレベーターが付いている。


 高所恐怖症の人には申し訳ないが、こうした高度のある歴史的建造物から見る旧市街はとてもぜいたくなものだと思う。

(2012年9月15日号掲載)


 
ヨーロッパ美の旅