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17 北国街道 斑尾山 〜三水から入山し難行苦行〜

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 土用も間近の7月15日、斑尾山(1382メートル)へ登る。この山は飯山市、中野市、信濃町からの3つの登山ルートを持つが、これとは別の飯綱町三水からの入山である。古刹・苔翁寺(たいおうじ)との縁で芋川神社役員による神社林検分と峰の薬師登拝に同行した。


 朝露を踏んで防災センターに勢ぞろいした役員17人全員は身支度を整え、元気に出立。林道の終点から沢に降り、森秀僖(ひでき)責任役員を先達とし、境界線沿いのサバイバルコースをひたすら登る。大きな界標木を一本一本確かめ、目印テープを交換する。急斜面の根曲がり竹を頼りの手綱として、難行苦行の連続だ。


 東側の尾根からの風を顔に受け、登山路の近いことにホッとする。合流して登山路を北へ進むと間もなく山頂である。斑尾山は豊かな森林の斑の彩りと美しい裾野を持つことからその名がある。


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 山頂脇のこけむした石祠=写真下=には薬師如来が奉置され「峰の薬師」として地元の信仰が篤い。役員全員が整列して「五穀豊穣、氏子安泰」を祈願。私はこれに併せ「3・11フクシマ」の一日も早い新生を心願し写経を奉納する。


 森責任役員は晴れ晴れとした面持ちで、「無事に役目を果たしうれしい。この行事は2年ごとの7月15日に行っており、芋川地区総社の恵みに感謝し、引き継いだことをキチンと次へ渡し守り続けていく」と力強く語った。


 固い絆の一行と別れ、西へ向かう。カラフルな山ガールたちとあいさつを交わしているうちに大パノラマが開けた。大明神岳(1350メートル)だ。ここは平安期に斑尾山の地下水の一部を芋川地区に導くため山を抜いた所であり、「水分(みくま)りの神」として春日大明神が芋川神社に合祀されていることから山の名がある。


 トンボの群れに囲まれながら昼餉を楽しむ。濃緑の北信四岳と白いうねりの千曲川が織りなす大展望は北信濃が誇る原風景である。


 「山気麗日、山嶺(さんてん)に憩あり」


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 下りは東側の中野市豊田に向かう。大池(826メートル)まで1.5キロの急坂で集中力を必要とする。ブナ、ダケカンバ、カラマツと林相の変化を楽しむ余裕もなく、那一歩、那一息を続ける。


 夏枯れの大池に着き、たおやかな裾野を広げた斑尾山に対面しながら大休止。いつの間にか文部省唱歌「故郷」の一節をくちずさんでいた。作詞者・高野辰之博士は墨蹟を好み、心から愛した斑尾山に因み「斑山(はんざん)」と号した。


 ふくいくとした気を心・身に、足取り軽く高野辰之記念館を目指して帰途に就いた。


 「ふるさとは過去の風景ではなく、現在ある魂の姿である」

 次は祈りの古道「善光寺中道」を歩く。

(2012年9月15日号掲載)


=写真1=飯綱町三水から望む斑尾山

 
絆の道