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06 奥穂高岳〜前穂高岳〜北穂高岳 〜ピストンで前穂往復 絶頂の北穂高小屋へ〜

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 7月31日は穂高岳山荘から、きのう登った奥穂高岳に登り返し、吊り尾根を南東に進み、紀美子平を過ぎて前穂高岳(3090メートル)の頂上に至る。紀美子平の名称は、ここから岳沢へ下る道を切り開いた今田重太郎さんが自分の娘の名前を付けたという。


 前穂高岳から奥穂高岳へ、そして穂高岳山荘へ戻ったら正午を回っていた。この辺りは韓国からのツアー客が多く、他に中国人、欧米人も多い。山で出会った時のあいさつ「こんちはー」に交じって、「アニョハセヨ」や「ハロー」が飛び交っている。外国人には、富士山と槍・穂高が日本での「憧れの山」らしい。


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 早々と穂高岳山荘を後にして、涸沢岳(3110メートル)までは緩い上りだ。そこから北穂高岳までは、距離は短いが時間がかかる。まず涸沢岳の下りで、反対側から集団で登ってくるパーティーと出会ってしまった。ハシゴ、鎖の連続で落石の危険も。鎖は前の人が登った後でないと振れるので、次の人は登れないため時間がかかってしまう。2時間半の予定が3時間半かかり、16時に北穂高小屋に着く。


 北穂高小屋は北アルプスで一番標高の高い所にある山小屋だ。富士山を除けば、日本で最も高い所にある山小屋でもある。北穂高岳(3106メートル)の頂上から、わずか6メートルしか離れていない。他の山から見ると、山頂にちょこんと乗った小屋で、こんな場所にどうやって建てたのか不思議に思える。建築時はまだヘリコプターによる荷上げもなく、創業者の故小山義治さんが重い材木を人力で担ぎ上げたという。


 現在の小屋は建て直されているが、当時の古材を今も使っているという。小屋の人に案内してもらい、その柱を拝見したが貫禄ある一本が存在感を示して頭上に輝いていた。収容人数は65人と小さな小屋だが、穂高の難所・大キレットや岩壁登攀(とうはん)のメッカ・滝谷に近く、山のベテランが集まる場所だ。古くから食事時にはクラシック音楽を流すような、おしゃれな雰囲気を持つ山小屋でもある。


 到着後、前のテラスでゆっくり生ビールを飲んでいると、松本方面からヘリコプターが飛んで来て、キレットの中央付近でクルクル回っている。たぶん気流を確認しているのだろう。そのうちに一点にずっと止まって何かを吊り上げ、再び松本方面へ飛んで行った。


 後で小屋の人に聞くと、捻挫で動けなくなった人を救助したとのこと。通常の登山道での捻挫なら、2〜3倍の時間をかけて這ってでも次の小屋へ着くことができるだろうが、穂高の難所では行くも戻るも困難な場所だ。


 ここは食事がおいしいことでも評判で、夕食の定番メニューで名物の「豚のショウガ焼き」をおいしくいただいた。あすは大キレットを通過するので、早めに布団に入った。

(2012年10月27日号掲載)


=写真1=鋭い岩峰が連なる前穂高岳。手前は涸沢

=写真2=山頂脇に建つ北穂高小屋

 
北アルプス全山単独縦走