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013 ドイツ レジデンツ 〜バイエルン家の邸宅・居城〜

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 2008年12月10日。35・56カラットの大粒ブルーダイヤモンドがロンドンのオークションに出品され、史上最高値の1640ポンド(22億5000万円)で落札され、世界中の話題となった。その名は「青いヴィッテルスバッハ」。


 このダイヤモンドはドイツ・バイエルンのヴィッテルスバッハ一族が所有していた。神聖ローマ皇帝やギリシャ王を輩出するなどヨーロッパ屈指の家系の子孫だ。


 ヴィッテルスバッハは「バイエルン家」の代名詞にもなっている。その邸宅・居城がレジデンツであり、市民から「ミュンヘンの心」といわれる宮殿だ。その規模はヨーロッパ最大。


 14世紀後半から増改築が繰り返され、内部にはロココや古典主義など、その時代の流行に合わせて様々な建築様式が見られる。第2次大戦で破壊されたが、「ミュンヘンの心」は市民らの協力も得て、早々に再建された。


 館は3つに分かれている。豪華な調度品が並ぶ部屋は130。まず121人のバイエルン王の肖像画が展示される「先祖の画廊」。これだけでも圧倒されそうだ。


 だが、ひときわ私たちの目を引いたのはアンティクバリウム(考古館)。長さ66メートルのアーチ型ホールで、公式プールがすっぽり入りそうな大広間だ。16世紀のルネサンス様式で、内部では最も古い。


 ホール天井はフレスコ画で埋まり、両側には当時の王が収集した古代彫刻品がある。古代ローマの英雄らの胸像が整然と並び、ここで祝宴や踊りを楽しんだことが想像される。午前中しか観覧できないので要注意。そこに居合わせたイタリア人の大学生。「ゲルマン系の人たちが、私たちの祖先・古代ローマ人に強い憧れを持ったことを感じ取れる」と語った。


 この広間とは別に、やはり16世紀に造られたアジア風のグロット宮殿は奇妙な洞窟をイメージした造りで、当時よく流行した。このグロットやグロッタという用語からグロテスクという言葉が生まれたほどだ。アジア人にとってこうした装飾は、見慣れているものの、はるか東方のアジア文化に対する一族の思いが、こんな豪華な宮殿にも反映しているのだと実感させられる。


 2階には日本の磁器も飾られている謁見(えっけん)室。ここに玉座がある。またロココ様式のキュヴィリエ劇場も別棟にあり、長時間居ても見飽きることがない。


 こうした館を完成に導いたのが、ヴィッテルスバッハ家出身の第2代国王のルードヴィッヒ1世(在位1825〜48)。20余年にわたり、ミュンヘンを新古典主義の建築群で満たした。古代ローマ精神への回帰が根底にあった。ドイツ文化を南部のミュンヘンに開花させたのは、この国王であった。後に3つの城を建てた"狂王"ルートヴィッヒ2世の曽祖父に当たる。


 「日本の文化とはまた違った美しさがある」と、傍らの家内がつぶやいた。森鴎外は、このバイエルンの歴史に染まるミュンヘンに1年間滞在し、『うたかたの記』を書いた。  

(2012年10月6日号掲載)


=写真=ひときわ目を引くアンティクバリウム

 
ヨーロッパ美の旅