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18 北国街道 善光寺中道 〜古代条里制の基線たどる〜

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 往昔、善光寺への祈りの一筋の径「善光寺中道」があった。その道を9月19日、村山橋から善光寺仁王門まで12キロを歩く。


 長野電鉄村山駅で降り、千曲川の布野(ふの)の渡しがあった千曲川東岸=写真上=に向かい、秋風と滔々と流れる銀蛇が私を迎える。長い村山橋を渡ると、善光寺中道の入り口、里村山地区である。


 善光寺中道は鐘鋳(かない)川と平林街道の間をほぼ直線状に通り、仁王門で鬼無里への道につながる。その生いたちは古代条里制にあり、江戸時代の中越村絵図には「善光寺より布野舟渡近道」と記されている。


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 入り口の観世音に一日の無事を祈願し、車道を村山用水に沿って西へ進む。国道406号を渡り、今井酒造店前を過ぎ石渡地区に入る。さらに西へ六ケ村用水に沿い新興住宅地を抜けると長野運動公園に至り、中道はその中に没入してしまう。


 運動公園を通り抜け、交差点を西南の旧道に入ると間もなく青木地蔵堂に到着。親子赤地蔵に写経を奉誦。1761(宝暦11)年の銘のあるこの地蔵は病気平癒で知られ、今も8月23日の地蔵盆祭りがにぎやかに続けられている。


 昭和初期まで茶店の青木屋が隣り合っており、残り1里(約4キロ)となった道のりにホッとした善男善女が、善光寺如来との出会いに心を弾ませて一休みしていた。その姿を偲びながら昼餉をとる。


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 重い腰を上げて西へ向かい、住宅地が途切れた所で思わず「これは何だ!」と叫んだ。畔道との出合いであり、約90センチ幅の中道が星霜の移り変わりをしのいで原形をとどめている=同中。


 大きな感動を胸に、長野日大高校グラウンド北側の細道を抜け、和田公園に入る。ここからは古道の面影が消え、広い車道歩きとなる。JR長野総合車輌センター正門前を北上し、跨線橋を渡って北長野通りを南下する。


 三輪への入り口を西に進むと、間もなく「三輪1、3、4、5丁目」交差点である。ここはかつて「四ツ石」といわれ、「中道の条里遺跡」の案内板が立ち、この地の古い歴史を今に伝えている。


 さらに車道を西へ向かい、長野大通りを横切る。北国街道との合流点を過ぎ、淀ケ橋跡から伊勢町の坂を上る。終点の仁王門は指呼の間となり、足取りは軽い。


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 中道と仲見世通りとの交差点には「善光寺表参道に灯籠を復元建立する会」による阿弥陀(あみだ)如来四十八願にちなんだ道標灯籠2基が立てられている=同下。木曽ヒノキの灯籠にタッチしてゴールイン!


 「甦れ古の中道、甦れ古の道標」


 本堂で善光寺如来に実りある秋の一日を与えられたことを感謝して納めとした。


 次は黒姫山に登る。

(2012年10月13日号掲載)

 
絆の道