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23 英国の友(上) 〜記者の取材を機に 撃墜機の兵と再会〜

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 開戦から60年目の2001(平成13)年3月、英国のフリー記者マーカス・パーキンスさんが、真珠湾攻撃からミッドウェー、ガダルカナルに至る3大海戦に参加したパイロットの取材で来日し3月26日、我が家を訪問されました。   


 パーキンスさんは「21世紀の若者たちへの平和のメッセージとして残したい」と熱心にインタビューされました。取材記事は後日、英国の「サンデー・インディペンデント」紙5月13日付や「チャーチ・タイムス」紙5月25日付に掲載されました。一部を抜粋して紹介しましょう。


再会を望む記事

 「真珠湾攻撃に参加したパイロットたちは、当時はヒーローであったが、戦後日本の世論は彼らに背を向けた。生き残った軍人や彼らの家族らは、戦争の恐怖と敗戦の屈辱を忘れ去ろうとする日本によって冷遇された。真珠湾攻撃に参加したパイロットをはじめ、退役軍人らは殺人者と呼ばれた。原田氏は戦後、教育や政治に関わる職に就くことはできず、25年間も様々な職を転々とせねばならなかった」


 「1942年4月5日、セイロン(現スリランカ)でイギリス軍のハリケーンを5機撃墜した。彼が巧妙に操る零戦は、敵に非情なまでに近接し、彼は撃墜したパイロットの苦悩の表情に悩まされた。そして、彼は撃墜した一機が水田に不時着したことも鮮明に記憶している。原田氏の願いは、撃墜したハリケーンのパイロットの家族に会うこと。できることなら、水田に不時着したパイロットと再会したいと願っている」


 5月中旬、パーキンスさん寄稿の「サンデー・インディペンデント」紙「開戦60年記念号」を読んだ英戦史研究家のクリストファー・ショアーズさんから、パーキンスさん経由で驚くべき手紙が届きました。「イギリス軍戦闘機のパイロットと思われる人はジョン・サイクスさんで存命です。我が家の2軒隣に住んでおり、もしイギリスを訪問していただけるならば、再会を望んでいます」


 手紙を読んだ私は、この奇跡のような出来事は、毎朝仏壇に向かってお参りしている亡き戦友や特攻隊員たちが導いてくれたのだと感慨深く思いました。


 ところで日本軍は東南アジアへ侵攻した際、イギリス兵を捕虜にし過酷な強制労働を強いました。そのため反日感情が根強く残っており、昭和天皇がイギリスを訪問した際には、憎しみを持つ退役軍人が日の丸を焼き、馬車に乗る陛下に「帰れ!」と罵声を浴びせるなどの抗議が行われました。


本人からも手紙

 サイクスさんは、戦友たちから「零戦のパイロットは人殺しロボットなんだから、あんなやつらと会うなんてとんでもない」と大反対されたそうです。そんな中、サイクスさんは「勇敢なミスター・ハラダに会いたい」と手紙をくれました。


 私はその勇気に応えなければと、妻を連れての訪英を決めました。幼稚園の1学期終業式の前日、園児たちに「この夏休み、園長先生はイギリスに行って来ます。昔ケンカしたおじさんと仲直りをするためです。ケンカは悪いことです。ごめんなさいと言って握手をして、戦争は絶対にしませんと約束してきます」と語りました。


 「園長先生、ガンバってね」の声援に送られ、8月1日にイギリスへ旅立ちました。私84歳、妻77歳。10日間の晩年旅行は、生涯忘れられない思い出になりました。

(聞き書き・松原京子)

(2012年10月6日号掲載)


=写真=英国を訪問し、再会したジョン・サイクスさん


 
原田要さん