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24 英国の友(下) 〜優しい目で出迎え プレゼントを交換〜

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 英国訪問の旅には、信越放送と長野放送の取材陣が通訳の西崎智子さんと共に同行してくれました。11年前の夏、SBCニュースワイドなどで放映されたので、ご覧になった方もいるかと思います。


 期待と不安を抱えながら、ロンドンのヒースロー空港に降り立つと、パーキンスさんとジョアーズさんが笑顔で出迎えてくれました。


 まずイギリス空軍博物館へ案内されました。世界大戦で活躍した戦闘機約80機がズラリと展示されており、懐かしさと共に、どうしてあんな戦争をしたのかなぁと複雑な思いがよぎりました。


 思いがけない対面

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 そこでは、もう一つの思いがけない出会いが用意されていました。かつてイギリス領セイロン島(現スリランカ)上空で戦った相手のテディ・ピーコック=エドワーズ大尉の子息が、父親の代理として面会に来てくれたのです。18年前に逝去した父親が残していた当時の飛行日誌と写真を持参してきており、それらを見入りながら懐かしい思い出に会話が弾みました。


 子息のリックさんは現役のイギリス空軍准将で、「あなたに会えて、きょうは特別の日になりました。父も喜んでいることでしょう」と。固い握手をしてお別れしました。


 翌日は車で3時間。ロンドンの西200キロのドーセット州シェルボーンのサイクスさん(82)宅へ向かいました。私たち夫婦はサイクス家の門をくぐり、庭から彼の待つ部屋へ。そこには、初めて見る白髪のオールバックの紳士が、車椅子から立ち上がり「ヨウコソ」と。かつての「敵」は、優しいまなざしで迎えてくれました。


 数年前に心臓発作を起こしたサイクスさんは、両足が不自由になり、普段は車椅子生活なのに、震える足を支えながら握手を求めて来られ、私は「彼にとどめを刺さなくてよかった」と涙を流しました。


 サイクスさんの目にも涙があふれ、お互いにしばらく言葉が出ませんでした。かつて、敵同士として殺し合った仲の2人でしたが、当時の記憶をたぐり寄せながら語り合うことができ、永年のわだかまりが一気に解けた感じになりました。


 私はこれまでつらい時や苦しい時には、海水が染み込んだ飛行眼鏡=写真上=の革をなめ、心の支えとして大事にしまってきました。その思い出の宝物をサイクスさんにプレゼントしました。彼からは交換に、軍帽の帽章と自身の若き日のパイロット姿のサイン入り写真=同下=を頂きました。


 次の日は、全員がそろってのお別れパーティーが開かれ、「長生きしましょう」「長寿をお祈りします」と互いにエールを送り合い、名残が尽きませんでした。


 最終日は小高い丘にあるイギリス空軍追悼墓地へ。2万人の空軍兵が眠る墓地に花束を捧げて冥福を祈り、大理石の墓碑をさすりながら英霊たちに不戦を誓いました。芳名帳には「平和をお祈りします。申し訳ありませんでした」と記してきました。


 日英両国パイロットの世紀を超えた劇的な再会は、BBCをはじめテレビ各社により全英に放映され、また新聞各紙にも報道されました。これらのマスコミ報道により、サイクスさんに「なぜ会うんだ」と文句を言っていた軍人仲間からも称賛の声が上がり、反日感情の緩和に少しは役立てたようです。


やっと戦後に区切り

 私は帰国後の8月15日、靖国神社に眠る日本の英霊に参拝し、「零戦パイロットとして米・英の元軍人たちと再会を果たすことができ、やっと自分の戦後に区切りをつけることができました」と報告しました。

(聞き書き・松原京子)

(2012年10月13日号掲載)

 
原田要さん