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54 ひしや寅蔵 〜「象山先生御泊り」の宿〜

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 「この春、渋温泉の旅館に泊まったら、佐久間象山が宿泊した宿で、象山の遺墨が飾ってあった」と最近、友人が教えてくれた。飛鳥時代に始まったといわれる温泉地。この情報を元に早速、山ノ内町に車を走らせた。


 その旅館は渋温泉大湯の前にあり、地元、渋出身で明治時代に活躍した南画家・児玉果亭が名付けた「棲鳳(せいほう)館ひしや寅蔵」。


 玄関前には「信州松代藩郡中横目付佐久間修理象山先生御泊りの宿」という標柱が立っている=写真下。


 木造3階建ての旅館で、古色蒼然とした趣。来意を告げると、12代目の会長・西澤寅蔵さん(79)が館内を案内してくれた。


 その際、「創業は400年前。慶応4(1868・明治元)年の大火で民宿のような宿が焼失。田畑を売却して建て替えたが、当時は5軒しか宿屋はなかった。それ以降、本格的に温泉旅館の経営を始めた」と説明してくれた。 


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 2階廊下のガラスケースに飾ってあるのは、象山の漢詩2幅と果亭の1幅。象山の1幅=同下=は-


 楼前繋馬酌東風

 何惜嚢銭随手空(のうせんずいしゅむなし)

 不道十年復相伴

 瓊盃春えん夕陽中


 癸亥(みずのとい=1863)春

 日与 友人出遊憩中

 野酒肆


 意訳すると、料理屋の前に馬をつなぎ、春風に酌めば、財布が空っぽになっても惜しくはない。はからずも、久しぶりに飲み友達と再会。玉のように美しい盃で呑むと、春が深まり、あたりは夕日の中にある。


 象山が「ひしや寅蔵」に宿泊したのは、1843(天保14)年10月16〜26日の間。この時、旅館側は一汁一菜では気の毒だから、一汁三菜(飯に汁のほか、鱠、平皿、焼物を添えた料理)でもてなし、「お酒はどうしますか」と象山に尋ねた。


 象山曰く「酒はいけないが、"般若湯"(僧院でいう酒の異名)ならよかろう」。


 山ノ内町で象山は、「象山さん」と「さん」付けで呼ばれ、親しまれている。

(2012年10月13日号掲載)


 
象山余聞