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60 「後期高齢者」万感(下)

 後期高齢への様々な思い

 「万感」とは様々な感情、いろいろな思いを言う。「万感胸に迫る」「万感交(こもごも)到る」などと使う。


 「後期高齢者」に寄せられた声や詩歌を読むと万感が潮のごとく、ひたひたと打ち寄せて来る。歓びと挫折と哀しみ...の全てが綯交(ないま)ぜになって、来し方を振り返らせる。高齢者であればあるほど、その体験が重く、厚く、深い。立場はそれぞれに違っても、双肩に戦中・戦後の日本を担ってきた人たちばかりだ。耐えて耐えて来た世代であり、約(つま)しく使って使って、使いきってきた世代だ。そしてそのことを自らに問うばかりで、その責めを告発することを不得手とする世代だ。


 寄せられた詩歌から「後期」を見よう(朝日新聞)。


後はただ「卒業」だけがお待ちです、そう聞こえます「後期」高齢者(東京都 北條忠政)

 「卒業」は人生の卒業、生命の終末を言うのであろう。


学徒動員、年金、後期高齢者、わたしを語るひらがながない(千葉市 土屋まさ子)

 なるほど、俺もそうだった、わたしもそうだった。


居場所なく日日図書館にすごすとう難民のごとき後期高齢者(秋田市 渡辺悦子)

 居場所がない-その空しさと寂しさ。


老人ともとより知るに輪をかけて高齢後期と駄目押しされぬ(熊本市 高添美津雄)

 もとよりと十分に承知していることを、駄目押しされることの、やりきれなさといらだたしさ。


「後期」高齢者手話表現に迷いつつおわりは近いと手を動かしぬ(沼津市 渡辺裕子)

 一心に指の動きを見つめる人、悲しき眼(まな)差しと溜息。


声に出し七十五歳と言ってみる「後期高齢者」世のお荷物か(福井市 観 正一)

 自らに問うてみる。そうなんだ、75歳なんだ...。


 誰にも告げることなく

 2009(平成21)年7月3日には、私にも「後期高齢者医療被保険者証」が送られてきた。あれだけ世論が沸騰すれば、名称変更は当然のことと思っていたのだが何ら変わるところがなく...それに高齢の立場や、視力の減退などに全く配慮がなく、小さな活字で埋め尽くされ、氏名など探して見つけたほどだった。


 役所はすでにそれなりの手続きを経て決まったことだ、変更するにしても時間と経済負担は極めて大きいと、知らぬ存ぜぬ、頬被り、暖簾に腕押し、やっつけ仕事で押し通したのだった。そもそも高齢者とは何か、とんでもない時代感覚のずれがあったことに気付かないままだった。さすがに翌年配付された保険者証は、その批判に耐えられなかったのか、随分すっきりし、見やすいものになったのだが-。


 識者の声を聞こう。

 「政治は非情とわかってはいても、被保険者証が届いた時、『あなたは後期高齢者の資格を得ました』という文面にカッとした」(馬場あき子)


 「侮蔑の言葉です。役所の非人間性には愕然とする。入選作(「朝日歌壇」)の背後には何十倍もの同様の歌、戦中戦後を必死で生きて今、後期高齢者と呼ばれる人の傷心がある。想像力というものを官僚に求めたい」(河合真帆)


「後期高齢者」言わしておけば言うものぞ奮然として春の雪掻く(伊那市 小林勝幸)


 もう用はないんだばかりの切り捨てる響きが、なんともくやしかった。


 いたたまれない寂寥感を誰に告げることなく、黙って胸に畳み込んでいる人が多い。遠くを見つめている背中から、長くいろいろあった来し方を振り返り、短い行く末に思いを馳せているのが、痛いほどに伝わってくる。


闇ふかき戦中戦後をにないきて「後期高齢者」と蔑(なみ)さるるはや(吹田市 小林 昇)

死ぬ前の母がぼんやりわれを見てやがて二つの瞼(まぶた)閉じたり(坂戸市 山崎波浪)

(2012年10月20日号掲載)

 
美しい晩年