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015 ドイツ ノイシュバンシュタイン城 〜ワーグナーに捧げた名城〜

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 東京ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになっているのが、この城。ドイツロマンチック街道終点のフィッセン郊外にある「新白鳥の城」を意味する名城=写真上=の歴史は奇奇怪怪だ。


 ルードヴィッヒII世=同下=はなかなかのイケメン王子だった。偉大な父・マキシミリアンII世の急逝により、18歳で王位を継いだ。そこから多難で波乱に満ちた生涯が始まる。王位の務めである教育を父から何一つ受けていなかったからだ。


 ミュンヘン郊外のニンフェンブルクで生まれ、フュッセン郊外のホーエンシュバンガウの城で育ったルードヴィッヒII世。1861年に作曲家リヒャルト・ワーグナーとオペラ『ローエングリン』を観劇してから、運命の歯車が動き出した。


 政治の世界の権謀術数に嫌気が差し、中世騎士道への憧れから、あたかも白馬の騎士たらんという、浮世離れした自己陶酔の世界にのめり込んでゆく。その念頭にあったのが新たな城の建設だった。


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 リンダーホーフ城、ヘレンキムゼー城の着工と共に、ノイシュバンシュタイン城が集大成であった。バイエルン王の収入ではとても無理な事業だった。借金と負債が膨れ上がっていく。周囲の閣僚は支出削減を進言するも徒労に終わった。


 ついに医師が鑑定書で、王は精神病、禁治産者という決定を下す。1886年6月6日のことだ。そして7日後、王はシュタルンベルク湖畔で溺死していた。


 それゆえノイシュバンシュタイン城は、内部が未完成だ。幼き日を過ごしたホーエンシュバンガウ城(「高台の白鳥の里」の意)の向かいの小高い山に建てられた白亜の建物。その内部には、ワーグナーの『ニーベルンゲンの指輪』をモチーフにした壁画や、故事・伝説などによるオペラの世界を演出している。


 この城はワーグナーに捧げたといっても過言ではない。ワーグナーは革命派といわれている。その革命派作曲家に対する孤独な王の一方的な思い入れ。ワーグナーは一度もこの城を訪れてはいない。


 ルードヴィッヒII世は42歳で不審死するまで独身を通した。従妹のエリザベート(愛称シシー)との友情と交友は生涯続いた。共に美男美女で非業の死を遂げ、住民に愛されたことも共通している。


 深く切り立ったペラート渓谷に母方の名を冠したマリエン橋が架かる。この橋から見る白亜の城は圧巻だ。


 ここは毎年、数百万人の観光客が訪れ、いまやバイエルン州のドル箱。財政破綻させた"狂王"が、今日の州の財政を潤すとは、なんという歴史の皮肉であろうか。

(2012年11月17日号掲載)


 
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