記事カテゴリ:

京都29 放生川(ほうじょうがわ) 〜放生会題材に〜

29-youseki-1117.jpg

 〈あらすじ〉 鹿島の神主が男山八幡宮の祭りの日に参詣すると、魚を桶に入れた老人と会う。神事の日になぜ殺生するかと尋ねると、老人は「きょうは生き物を放つ放生会(ほうじょうえ)」と答え、魚を境内の放生川に放つ。神事のいわれなどを語り、「自分は当社の神徳を受けている竹内の神」と名乗って山頂に立ち去る。月が上ると、夜神楽とともに竹内の神が現れ、和歌の盛んな平和の御代を讃えて舞う。

    ◇

 石清水八幡宮で古くから実施されている「放生会」行事を題材とした謡曲。前回の「弓八幡」と同じく、当宮の神徳を讃えた姉妹編ともいえる。


 シテとして登場する竹内の神は、謡曲「弓八幡」の高良(こうら)の神と同様、本宮に付属する末社の神で、竹内宿禰(たけのうちすくね)のこと。大和朝廷初期の5代の天皇に仕え、200歳まで長生きしたという伝説的な人物だ。


 「放生会」とは川に魚や鳥を放ち、その霊を慰めるもので、当宮創建の平安時代から、一時中断はあったものの幕末まで続いてきた。そして明治の廃仏毀釈で「仏教色」が一掃され、名も「石清水祭」と変わったが、今も毎年9月15日に放生川に魚やハトを放ち、童子が胡蝶の舞を舞うなど盛大に行われている。


 放生川は、八幡宮のある男山の東側を流れる大谷川の一部。高良神社前にある安居橋の上下200メートルを特別に放生川と呼んでいる。付近は公園として整備されており、祭りもここで実施される。橋から眺める月は美しく、川もかつては蛍の名所として知られ、いずれも八幡八景の一つに挙げられている。


 神事の行われる放生川は、江戸時代まで殺生禁断の川だった。この掟を破った親孝行息子の逸話がある。母親が重い病にかかり、鯉の生き血を飲ませると効き目があると聞き、ある夜、放生川で鯉を捕らえて飲ませたところ、病気は完治した。息子は後で罪を名乗り出たが、親孝行に免じて釈放されたという。以来、この地方に鯉を描いた紙型が売られるようになった。布団の下に敷いて寝ると、御利益があるとか。


 同じような逸話が伊勢神宮近くの阿漕浦にある。この浜の魚は神宮に献上するので一般の漁獲は固く禁じられていた。一人の漁夫が母親の病気にヤガラという魚が効くと聞き、ひそかに捕らえて与えていたが露見した。こちらはす巻きにされ、海に沈められてしまった。ここから「あこぎなこと(むごいこと)」の言葉が生まれた。


 同じ親孝行の掟破りの逸話でも、結末は大きな違いだ。神様はどちらの裁きを望まれたかは言うまでもない。

(2012年11月17日号掲載)


=写真=放生川に架かる安居橋

 
謡跡めぐり