記事カテゴリ:

61 挙げて世は監視社会だが

 防犯カメラ作動中

 いつのころからか、郵便局や銀行の入り口の引き戸や壁に

・警官立寄所

・こどもを守る安心の家 郵便局 警察署

・防犯装置設置局

・防犯カメラ作動中です 郵便局長

・特別警戒中 防犯カメラ設置局

の類のステッカーや貼り紙が、所狭しと展示されるようになった。初めのうちは立ち止まって眺めたものだが、そのうちなれっこになって振り向きもしなくなった。

 

 一つの集落を見ても防犯上必要だ、あそこは暗くて不用心だと言われれば、返す言葉もなくて外灯は増えるばかりだ。「防犯」が至上命令となって日本はいつとはなしに、防犯国家となってしまったのだ。

 

 世は挙げて監視社会。あなたを守る、犯罪の未然防止の名の下に監視の目と技術はいよいよ増幅するばかりで、エレベーターに乗っても、買い物をしても、様々なところであなたは覗かれ、視られているわけだ。

 

 それは守り、防止するために、治安を保つ上に当然の処置で結構なことか。仕方なく已むなきことなのか。それともこれは異常で只事ではない、憂うべき事態と見るべきことか。そのことにならされ、麻痺(まひ)され、当たり前になっていくことに問題はないのか。恐ろしい社会(国)がつくられつつあるという指摘を見過ごしていいのか。

 

 貧しくとも豊かな時代

 江戸期から明治初期、日本がまだ世界にあまり知られていなかった時代、日本を訪れた外国人の本国への報告や日記のなかに「日本見聞録/日本見たまま」の記録が多くあることが知られている。

 

 そこには日本の治安のよさを賞賛している声が多いのだという。むろん、外灯など全くない時代の話だ。女性が暗夜に提灯一つで歩いていることへの驚き、家を留守にするときにも大方は鍵をかけることはなく、万事が無用心だということへの感服などがそれだ。

 

 参考までだが私の住む80戸ほどの集落は、20年ほど前までは鍵をかけない家がほとんどだった。要人警護などということも、今日のこれほどまでにという厳重さからみれば、昔はその警備のなんと手薄でおおらかな時代だったことか。不穏な事態を想定することなく、日々の暮らしがあくせくせずゆっくりと回っていた。貧しくとも安心して暮らしていたのだった。

 

 与えられた生活規範ではなく

 貧しくとも安心して暮らせた時代は、どんな生活規範があって秩序が保たれていたのか。よもや憲法や条例で取り締まってのものではあるまい。戦国争乱期を経て挫折と苦渋のなかから胎動し、秀れた先達の実践に励まされ学びつつ静かな歩みの中で、徐々に熟成されたものであろう。決して与えられたものではなく、大地から湧き立つようにしてできた安全社会だった。かけがえのない大きな財産を遺してくれた先人に謝して余りあるものだ。

 

 日本を取り戻せ。今こそ高齢者の出番

 「日本が貧しさの故に高貴な魂を失わなかった頃」(大仏次郎)と日本の知性は語った。高貴な魂とは何か。つましく生きることを信条とし、清貧を及ばない理想としてではなく、座右にあるべきものとしてきた時代を言うのである。生活に弛緩がなく、緊張感を持って暮らしていた時代を言うのである。

 

 今日その時代を身をもって体験し、つぶさに語れるのは70歳を越えた高齢者たちだ。戦争の悲惨を風化させてはならないように、誠実で安心安全な時代を風化させてはならないのである。高齢者は語り部となって若い世代に語らねばならないのだ。国も県も市町村も「日本を取り戻す」ために、高齢者の出番をつくらねばならない。民族の浮沈にかかわる大問題だ。起(た)て!高齢者よ。

2012年11月3日号掲載)

 
美しい晩年