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07 アリストテレスと善き行為 〜相手が本当に必要としていることを正しく理解〜

 「善い(良い)」「悪い」という言葉を日常で何げなく使っていますが、では「『善(よいこと)とは何か』定義してみてください」と言われると困ってしまいませんか? この定義を発見したのもアリストテレスです。

 アリストテレスは、最初に「万物は本来性を持っている」ことを見いだしました。「本来性」とは、全てのものが、それぞれに持っている「個別の性質と成長したい方向」と説明することができます。


万物には本来性が

 例えば、杉の木の種にとっての本来性は「芽を出し、大きくなって、やがて杉の大木になること」です。この世に存在するもの(人間、鳥、花、山、虫...)は全て本来性を持っています。そして、その本来性に沿って変化することが「善い」ことであり、そのような本来性に沿った助けをすることは「善い行為」です。杉の木が芽を出し、若木に成長することは「善い」ことであり、その若芽に必要な水や栄養を与えることは、「善い行為」です。


 ここで重要なことは、「善き行い」は「本来性」についての「理解」があってこそ可能となるという点です。


 一人の少年が苗木を1本、庭に植えて育てようとしました。少年は、その苗木に頻繁に水をやり、苗木はすくすくと育っているかに見えました。しかし、あるころから、せっかく育った苗木が腐り始めたのです。少年は「きちんと水をやって、この木が育つのを助けようとしているのに、どうしたんだろう」と首をひねります。


 そこへ、庭師が顔を出しました。事情を説明すると、その庭師は少年に「この種類の木はね、あまり水をやらない方がうまく育つんだよ」と言うのです。そのアドバイスに沿って水を控えたところ、腐りは止まり、再びその木はすくすくと伸び始めました。つまり、少年はこの木の本来性を知らなかったために、善いことをしているつもりが悪い(善の逆)結果を引き起こしていたのです。


 人間誰しも、自分を取り巻く人々や物に対して、「善い」ことを行いたいと思っています。しかし、「善き行為」とは、その行為を行う相手の本来性(相手が本当に必要としていること)を正しく理解することが大前提となっています。


 「本来性」は、相手や物によっては大変複雑なため、それについて理解するには時間がかかるでしょうし、簡単ではありません。しかし、本来性を理解しようとすることを怠ると、例えば、自分の子どもに対して「あなたのために、善かれと思ってやっている」ことが、とんでもない「おせっかい」となっていることがあり得ます。お互い、気を付けましょう。

(2012年11月24日号掲載)