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20 北国街道 芝峠 大道山 〜人跡まれな峠越え霊山へ〜

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 小雪(しょうせつ)の過ぎた11月25日、上田市真田地区から芝峠(1250メートル)、大道山(1289メートル)を経て坂木(城)宿へ歩く。


 しなの鉄道上田駅発のバスに乗り、終点の入軽井沢で降りる。ここは往昔、更埴方面への抜け道の入り口で、江戸時代には上田藩の番所が置かれていた。


 里人から「峠越えの人は数年来途絶えて、熊が出没している」と注意を受け、芝峠まで3キロの登りに身ごしらえをして出立。唐沢沿いに旧工事用道路を進むと間もなく砂防ダムに至り、山道は跡形もなくなって沢歩きとなる。


 こけむした岩と流れに気持ちを引き締め、熊鈴を響かせながら一歩一歩と高さを稼ぐ。時折足を止め、「サラサラ」と落ち葉の散る音に耳を澄ます。沢の瀬音もやがて弱まり、源頭の近いことを期待してひたすら足を運ぶ。


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 倒木群の難所を切り抜けると沢筋は消え、木の間越しの稜線にホッとして小休止。ここからは藪こぎとなり、一心不乱に峠を目指す。芝峠はかつて入軽井沢地区の柴木(しばき)を背に越えたことからその名を持つが、人跡まれな現在はイノシシが泥浴びをする大ぬた場となっている。


 芝峠を北へ大道山に向かう。この山は山頂から北国街道の大道を見渡せることから名付けられた。穏やかな小春日を受け、「カサコソ」と落ち葉を踏みしめ、黄金色のカラマツ林を楽しみながら尾根を登る。頭中に山を愛したゲーテの姿が浮かぶ。「なぜ、秋の葉は黄ばみ、落ち葉は黒ずむのか」について、ゲーテはニュートンを論難している。天の摂理は人智を超える。


 緩やかな尾根を40分ほど辿ると山頂に着く。図らずも、オカリナに合わせ「里の秋」を合唱する「さかき里山トレッキングクラブ」の一行と出会う。会長の柳沢直幸さんは「幼時から親しんできたこの山は坂城のシンボルであり、毎年登山を続けている」と、ふるさとの山への熱き想いを語った。


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 大道山は堂叡山(どうえいざん)とも呼ばれ、御岳信仰の霊山である。今も麓の四ツ屋地区では春の峯入りを続けている。山頂にある奥宮の祭神に写経を奉誦。古い諸石像を背にし、冠雪の北アルプスの彼方に西方浄土を観じながらの昼餉は格別の味だ。


 下りは里宮まで4キロの尾根道。富士見台で南の八ケ岳連峰を望み、案内板に導かれ1892(明治25)年建立の里宮に到着し、坂木宿へと入る。中心部を通り抜けると、北国街道随一の難所だった「横吹き八丁」だ。葛尾山が千曲川に突出した場所のため、かつては山腹の狭路を往来していた。一茶は「よこ吹や猪首に着なす蒲頭巾」と冬の旅の厳しさを詠んでいる。


 冬の気配を伝える千曲の川風の中、笄(こうがい)の渡しで山の端の夕陽に般若心経を読誦し、きょうの納めとした。


 次回は松代の虫歌観音から善徳寺を訪ねる。

(2012年12月8日号掲載)


=写真1=ひっそりとした芝峠

=写真2=大道山山頂の石像

 
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