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56 松代藩公文書 〜小川村 大日方家で発見〜

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 小川村の大日方家から最近、佐久間象山に関する資料2点が見つかり、公民館報に掲載されて話題になった。


 象山作の漢詩と、象山が門弟の吉田松陰密航事件に連座し、幕府の蟄居処分を松代藩が伝達する公文書だ=写真。


 所蔵者は同村小根山出身で、青木島町大塚在住の元JA共済連職員、大日方悦雄さん(77)。


 大日方さんによると、数年前、土蔵の長持ちを整理中、ピンク色の紙に書かれてある幅15センチ、長さ130センチの巻物を発見。昨年夏、村教育委員会に持ち込んだ。


 村教委は公民館報の2012年冬号(197号)で「臨場感漂う、歴史の場面!!」と特集を組んだ。


 文書の冒頭に「九月十八日、真田信濃守家来、佐久間修理」とあり、本文は「其方儀(そのほうぎ=2人称で、同等か目下の相手を呼ぶ語)」で始まる。最後は「...御国禁犯し候段、不届ニ付、於在所蟄居申付也」という内容。


 市立博物館の原田和彦学芸員は「松代藩の公文書に間違いなく、赤い紙の公文書を見るのは初めて。象山の処分を各地に徹底させる目的で書かれたもので、大日方家がいかに重要な地位にいたかが分かる」と話す。


 大日方家の家系は南北朝時代の武将で信濃守護の小笠原貞宗(1291〜1347)までさかのぼる(小川村誌)。始祖・長政から始まり、悦雄さんは先祖の直長から数えて18代目。代々受け継ぐ七言絶句の漢詩は次のとおり。


 屏居寂寂世縁軽

 過客蹤稀忘近城

 只愛環楼松籟外

 通池曲水有琴聲


 長野漢詩会の協力による書き下し文は-。 

屏居寂寂(へいきょせきせき)として世縁(せいえん)軽く

過客(かかく)蹤(あと)稀にして近城を忘る

只だ環楼(かんろう)を愛す(も)松籟(しょうらい)の外(ほか)

池に通ず曲水琴声有り

 稲里の昌龍寺と東昌寺周辺には武田信玄が川中島合戦の際、中央部の押さえとして築いた砦があった。悦雄さんの先祖、大日方佐渡守長政は砦の守将で、昌龍寺には先祖の墓があり、大日方さんは毎年彼岸に参拝している。

(2012年12月8日号掲載)

 
象山余聞