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21 北国街道 虫歌観音 善徳寺 〜祈りの空間 松代を歩く〜

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 城下町松代は、諸宗30数カ寺を抱える祈りの空間である。きょうは豊栄(とよさか)の六尊種字石幢(ろくそんしゅうじせきどう)から虫歌観音を経て東条の善徳寺まで歩く。


 大雪の12月7日、地蔵峠入り口の関屋でバスを降りる。ここは松代街道の要衝で、江戸時代には松代藩の番所があった。関屋川沿いに欠(かけ)地区へ下って間もなく、古びた三基の石柱が小高い地に小春日を受けて佇立している。


 これが2010(平成22)年8月に発見された七角の六尊種字石幢である。石幢は死者を弔うために立てられた石造物で、鎌倉時代初期の「承元3年(1209)」の銘と、各面には大日如来などの梵字が刻まれている。それぞれの字に寄せた当時の人々の想いが今に伝わる。東日本大震災の犠牲者の鎮魂を祈願して般若心経を読誦。


 松代街道を下り、虫歌観音を目指す。「史蹟虫歌山(むしうたさん)千手観世音桑台院」の大きな石柱を西へ入る。落ち葉が積もり、苔むした長い石段を上ると雄壮な「虫歌山」の山額が目に入り、信濃三十三札所第7番霊場の観音堂と向き合う。本尊に写経を納誦。


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 境内の北側は、往昔の信濃山伏の拠点・皆神山を正面にし、霊峰戸隠・高妻山を左に拝する場所で、佐久間象山先生もしばしばここを訪れたという。木漏れ日を受け、静寂を楽しみながら昼餉(ひるげ)を使う。


 人々の集まる気配がした。年の瀬大掃除を行う虫歌山奉讃会の面々である。1544(天文13)年の開山以来、護持している東寺尾福徳寺の戸谷隆典(たかのり)住職は「本尊は養蚕守護仏として篤く信仰され、かつては縁日に露店が立ち並ぶにぎわいを見せた。今も奉讃会と共に1月17日、4月17日、8月9日の縁日を続けている」と語った。


 立ち働く人々と名残を惜しみ、先へ進む。途中、松代高校東門脇の紅梅観音塚に立ち寄る。ここは1230(寛喜2)年開基の観音堂跡で、源頼朝との縁が伝えられている。古色蒼然とした観音石像に真言を読誦。


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 寺が続く街並みを抜け、東の尼厳山(781メートル)に向かう。この山は本来、雨乞いのため幟を飾り神楽を奉納したことに、その名がある。東条小学校を過ぎて間もなく善徳寺に到着。


 庫裡(くり)に声を掛け、裏山の「信濃三十三観音霊場」の説明を頂く。このミニ霊場は2003(平成15)年に観音講による信濃観音霊場巡礼の満願と開基善徳上人の遺徳を偲んで開設された。松林の中、約400メートルの小径に配された33体の石仏に1体ずつ十句観音経を奉誦。「ただ祈れ観世音、ただ頼め観世音」


 境内の観音堂に戻り、来し方の一年を想う。本稿も21回を迎えたことに感謝し、本尊に写経を納誦して年の締めくくりとした。

 〈寒さにも馴(な)れて歩くや信濃道   一茶〉

 次回は新年の皆神山に峯入りする。

(2013年1月12日号掲載)


=写真1=六尊種字石幢

=写真2=虫歌観音の観音堂

 
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