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64 そうだ シニア大学へ行こう(下)

やることがないことほどつらい...

 「美しい晩年/豊かな老後」と言うときの美しいと豊かなは「ウン、これでいいんだ/これで十分、ささやかでいいの、決して多くを望んでいるのではない/納得できる人生でありたいと思うだけ」ということのようだ。


夕牡丹ほどの夕日を賜りし    柏翠


に通ずる世界をいうのであろうか。


 そんなふうに思っている人たちにとって、やることがないほどつらいことはない。やることもない。行くところもない。つまらない。鬱鬱たる日々を送ることほど切ないことはないというのである。気分が晴れ晴れしないのである。退屈なる人生は、家庭にあっても不協和音が助長されるばかりである。


 脳梗塞で倒れ、リハビリに励み、身の回りのことや多少の散策ができるようになった人が、こんなことを語ってくれた。"物を考えることはウンと疲れるが、気持ちがいい。何もしないでいるとくたびれるだけだ"と。とりわけ、いくつもの挫折を乗り越えてきた人たち、前向きでありたいと願っている人たちほどそうだろうと思う。


 実はそういう人が大勢いるのだ。そして、そんな思いを持っている人がシニア大学へやってくることが多いのだ。いや、なかには"何かしようとする限り、あなたは大丈夫だ"と聞いて「よしッ」とテーブルをたたいて立ち上がる人もあれば、例の江戸後期の儒学者、佐藤一斎の


少(ワカ)クシテ学ベバ 則(スナワ)チ 壮ニシテ為ス有 リ 壮ニシテ学ベバ 即チ 老ユトモ衰エズ 老イテ学ベバ 則チ 死ストモ朽チズ


を教えられて「そうか、死ストモ朽チズか。すげえなぁ、俺もひと頑張りするか」とひそかに決意する人もいる。内部生命が昂ぶるのだ。


"心の炎消えぬ間に 今日は再び来ぬものを"(ゴンドラの唄)

なのである。

 

 老人世代は確実に増えている。中には無明長夜(いつ果てるともなき迷いの闇)をさまよい歩いている人もいる。自ら老醜の溜まり場(失礼)に向かって歩き始める人もいる。いかに言ってもやりきれない話だ。


 その火付け役をだれがするのか

 さて、あふれんばかりの老人大国にあって、行き場のない、展望の拓けない、あるいは立ち上がる二つの実例を述べてきたが、仮にシニア大学への入学希望が、県内全域で現在の1200人から2000人を超え、3000人に迫る-決して夢ではない話-状況を想像すると、そこにはスバラシイ県民像が描けるのだ。

 それは単に、学べるというイソイソとした笑顔だけでなく、波及効果が甚大だからだ。ブツブツ、イライラよ、さようなら。しっかり前を向いて歩く人が多くなり、その気風が広がる。家庭が明るくなる。「じいちゃんやるじゃない/ばあちゃん頑張ってネ」という後押しがある。年など取ってはいられない、老け込んではいられない、弾む思いで気が若くなるのだ。その火付け役を誰がするのか、どこでするのか。そういう世情を創り、風土を育てることこそが課題だ。小手先の技術論ではないのである。


 仕分け事業について思うこと

 県でも仕分け事業が行われた。結構なことだ。ムダに気付かない、既得権益にしがみつく。そこにメスを入れる、いいじゃないか。だが、仕分けの姿勢ははなから、減額することにのみ急ではなかったか。


 事によっては増額することも、大きな仕事であることを忘れてはいなかったか。シニア大学もその対象となった。その限りにおいては結構なことだった。


 結果として-。シニア大学へは、いきいき実践塾へは、これは価値ある事業だ、老人の生き方が、県民像が変わってくるぞ、という診断があって、それが見識というものだと、大幅増額を期待していたのだが、結果は減額ゼロ解答だった。県(仕分け人)は現場を見ていないし、知らないのである。やる気満々の老人たちに、冷水を浴びせるものだった。得てして老人たちの声は無告の民の声である。権利を主張することを知らない人たちだ。「あーあ」という大きなため息ばかりが聞こえてくるのである。

(2013年1月12日号掲載)


 
美しい晩年