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03 〜市制80周年で市民病院建設〜

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 1976(昭和51)年11月6日、長野市制80周年記念事業の選定で、市民病院の建設が市民要望の第1位にランクされた。そこで、同年12月13日の第3回市制80周年記念行事推進委員会において、市制80周年記念事業の一つとして、市民総合病院を建設することが決定した。


 以後、約20年を経て「長野市民病院」が95(平成7)年6月1日開院した。古里地区富竹の田園地帯に建てられ、敷地面積約4万平方メートル、延べ床面積2万平方メートルの鉄筋コンクリート5階建て、工費は約213億円であった。


 外装は薄いピンクと薄紫で、内装も待合スペースには淡い色調の壁やじゅうたんに間接照明を使い、ホテルの通路を思わせ、従来の病院の雰囲気を脱却するものであった。


 長野市民病院の特色の第1は、県内初の公設民営方式を採用して、最新鋭の医療機器を備え、当面6科(内科・外科・整形外科・放射線科・麻酔科・歯科口腔外科)150床でスタートしたことである。病院の設置費213億円は市が負担したが、経営は財団法人長野市保健医療公社が担当することになった。医師会なども加わった第3セクターによる病院経営は全国的にも珍しく、自治体病院の多くが赤字に苦しむ中で、清掃、給食をはじめ薬品・材料などの物流システムも外部に委託し、経営効率を高めようとした。


 第2の特色は、3大成人病(がん・心臓病・脳卒中)と高齢者医療の充実のために、「患者にやさしい病院」を目指し、思い切ったシステム化を図ったことである。その具体策として「3時間待って3分間診療」という総合病院の汚名を返上するよう、医師の指示がコンピューターで瞬時に検査室や薬局・会計に送られ、連続処理できる「オーダリング(医療情報)システム」を導入した。


 さらに、再来患者の予約制や、外来患者の近くの薬局にファクスで処方せんを送り、帰宅途中で調剤した薬が手に入る「院外処方」も取り入れた。


 第3の特色は、市民病院とほかの開業医との共存が図られたことである。開設までに時間がかかったのは、開業医(診療所)との調整が難航したためでもあった。共存を目指す過程で生まれた「病診連携」は、市民病院の大きな特徴であった。

(2013年2月23日号掲載)


=写真=富竹地区に開院した市民病院